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『イノベーションを興す』

イノベーションを興す イノベーションを興す
価格:¥ 1,785(税込)
発売日:2009-12-17

この本の著者は、『経営戦略の論理』の伊丹敬之先生。
伊丹先生は、一橋大から東京理科大のMOT社会人大学院へ移られたのですが、そこでの研究テーマについて、現在の自分なりの枠組み(「海図」と言っています)をまとめたのが本書です。
したがって、研究結果をまとめた本ではない、つまり理論が整理された本ではないという点には留意ください。「いまの時点で先生が捉えているイノベーションについての考え方をまとめた本」、になります(もともと、新書として書こうとしていた内容のようです)。

もくじを示すと、ほぼ本書の内容はおわかりいただけると思います。

序章 イノベーションプロセスとは

第Ⅰ部 筋のいい技術を育てる
第1章 筋のいいテーマを嗅ぎ分ける
第2章 偶然を必然が捕まえる
第3章 技術が自走できる組織

第Ⅱ部 市場への出口を作る
第4章 顧客インの技術アウト
第5章 外なる障壁、内なる抵抗
第6章 死の谷とダーウインの海を活かす組織

第Ⅲ部 社会を動かす
第7章 コンセプトドリブンイノベーション
第8章 ビジネスモデルドリブンイノベーション
第9章 デザインドリブンイノベーション

第Ⅳ章 イノベーションの発生メカニズム
第10章 イノベーションの不均衡ダイナミズム
第11章 組織は蓄積し、市場は利用する
第12章 アメリカ型イノベーションの幻想

終章 イノベーターたち

この本でのイノベーションの定義は、

技術革新の結果として新しい製品やサービスを作り出すことによって人間の社会生活を大きく変革すること(本書 p.2)

としています。つまり、よくいわれる「技術革新」だけではない、ということです。
そこで、イノベーションのプロセスとしてあげているのが、

1.筋のいい技術を育てる
2.市場への出口を作る
3.社会を動かす

という三段階のプロセスであり、「三つの段階が積み重なってはじめて、人々に感動を与えられるようなイノベーションが生まれる」(本書 p.9)としています。
すでにお判りのように、もくじの各部がこの3つのプロセスになっていて、各部は具体的な内容を綴ったものです。

リサーチを考える上で参考になるのが、第4章。
イノベーションの第2段階である「市場への出口を作る」人のもつべきスタンスが、「顧客イン、技術アウト」であるとして、つぎのように説明しています。

マーケットインではなく、顧客イン。プロダクトアウトではなく、技術アウト。しかも、本体部分が技術アウトで、その修飾句として顧客インがついている。(本書 p.73)

なにやら禅問答のような文章ですが、以降の本文を読むと理解できると思います。(さすがに、ここで引用することは控えさせていただきます。長い引用になってしまいますし・・・)
マーケットイン、顧客イン、プロダクトアウト、技術アウトの4つの単語の意味を取り違えないことが重要になってきます。

論文でも、理論書でもないので、とても読みやすい文章です(最初は、新書を想定したものですし)。とはいえ、もちろんハウツー書でもありません。
「イノベーションのあり方」といったような本質?について考えたい、学びたいという方は、本書を手に取ってみてください。思考の整理になったり、新たな気づきを得ることができるかもしれません。

(もうしばらく、本の紹介が続きそうです。どこかで、一気に在庫処分してしまおうかとも思っていますが・・・。正直、みなさんも飽きてきましたよね^^;)

『売り方は類人猿が知っている』

売り方は類人猿が知っている(日経プレミアシリーズ) 売り方は類人猿が知っている(日経プレミアシリーズ)
価格:¥ 893(税込)
発売日:2009-12-09

(もう少し、本紹介をメインに投稿していきます。当初、紹介しようと思っていた以外の本がどんどん増えているのですが・・・)

この本の著者は、ルディー和子さん。私にとってこの方は、著者買いをするお一人です^^;
年末年始帰省の車上で一気に読みきりましたが、やはりおもしろかった。この方の視点や、その視点を理解させる事例の取り上げ方にはいつも関心させられます。
(ここで、ひとつ注意。ルディーさんの視点は、誰もが共感できるものではないかもしれません。とくに、リサーチ業界に多いかもしれないデータ主義、実証主義系の方々には・・・)

今回のテーマは、「進化心理学」。
これまで、このblogでも「行動経済学」や「ニューロマーケティング」、「脳科学」については、何度か取り上げてきましたが、また新しい領域ですね・・・。

ルディーさんによると、1990年代に「神経科学」と「行動経済学」が大きな進化を遂げたのですが、モノを選択して購買するときの「ちぐはぐ」や「ちゃらんぽらん」を説明できるのは、1970年代に登場した「進化心理学」だというのです(本書 pp.3-4)。
そして、

数十万年から数百万年という太古の昔に遡って、私たちの祖先がしたことや学んだこと、環境の変化に脳の仕組みが適応してきた歴史を知れば、現代の不可思議な消費行動が明らかになります。モノを売る売り手がどう対処すべきかの解決方法も見えてきます。(本書 p.4)

と。

さて、ではどのような内容か。いつものように、もくじを紹介します。

第1章 不安なホモサピエンスはモノを買わない
第2章 人間もサルも「得る」よりも「失う」を重く考える
第3章 金持ち父さんは貧乏父さんがとても気になる
第4章 自動車の売上と孔雀の羽との関係
第5章 感情と記憶が長寿ブランドをつくる
第6章 人間も進化の歴史から逃れられない

進化心理学の理論(というか、私たちの祖先がどのような生活をし、どのように進化してきたのか、ということがメインですけど)を紹介しつつ、いまの消費社会やマーケティングについて読み解いていくという内容です。

中でも、本書の大きなテーマになっていると思われるのが、「低価格が、ほんとうに消費や経済を活性化させることができるのか」ということについてです。結論を書いてしまうと、「否」なんですけど。
私個人としても、いまの「低価格でないと、モノが売れない」というような風潮?、路線?はどうなんだろうと思っていたところなので、ルディーさんの主張には納得。(とくに、お金持ちにはもっと消費してもらわないと、という点は同意)
そして先にも引用したように、いまの消費状況を脱却するためには、進化心理学をベースとしてカスタマー・インサイトを得ることが必要だということになるのです。

小見出しから、キーワードと思えるものをほんのいくつか紹介すると、

    • 最初に生まれた感情は「恐れ」
    • キーワードは「安心」
    • 金持ちに買い控えさせる罪悪感
    • 他人と協力すると快感を感じる
    • 購買を正当化させてあげる
    • 記憶は事実とは異なる
    • 商いは飽きないに通じる
    • ソーシャルメディアが再現する「村の生活」

などなどです。

ルディーさんも「楽しく面白く読んでいただけることが、筆者の一番の願いです」(p.4)と書いているように、新書ですし、気軽に、面白く読める本だと思います。(正月明けのアタマを、自然に仕事モードにもって行くことができるかもしれませんし。。。)
いまの消費状況や、マーケティングに行き詰まりを感じている方は、ぜひ読んでみてください。こんな見方もあるんだと思える内容だと思います。
(とはいえ、決していい加減な内容の本ではないです。しっかり参考文献一覧も載っていますので、進化心理学に興味を持った方は、こちらの文献一覧からさらに勉強することもできると思います。ただし、ほとんどが英語の文献なんですけど・・・)

そして・・・
こういう本を読むと、経営学や商学といった社会科学だけでなく、社会学や心理学、さらには哲学や思想といった人文科学系の勉強をしないと、マーケティングはやっていけない時代に一層なったんだな、と思います。。。

PS.

ルディーさんご自身による本書の紹介が、こちらに ↓ 。
(本書を読んで興味を持った方は、他のエントリーも読んでみてください。新たな気づきを得られるかもしれませんよ)

「売り方は類人猿が知っている(お知らせ)」
(ルディ和子さんのblog『明日のマーケティング』2009/12/2)

それと、以前にこのblogで取り上げた、こちら ↓ のエントリーもどうぞ。

『マーケティングは消費者に勝てるか?』(2006/12/2)

『ヒットを生み出す最強チーム術』

ヒットを生み出す最強チーム術 キリンビール・マーケティング部の挑戦 (平凡社新書) ヒットを生み出す最強チーム術 キリンビール・マーケティング部の挑戦 (平凡社新書)
価格:¥ 735(税込)
発売日:2009-09-16

Amazonのこの ↑ 形式のリンクの欠点は、著者名が表示されないことですよね・・・。
本書の著者は、NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」で、一躍有名になった(と思うのですが)キリンの佐藤章氏です。
番組出演当時(2006年だと思います)、佐藤氏はキリンビバレッジに所属していました。飲料業界は、年に100~150もの新商品を上市するものの(1社で、です)、1年後に生き残るのは数商品しかないという熾烈な競争を行っている市場です。その中で、佐藤氏は多くのヒット商品を生み出してきました。2007年にキリンビールに異動され、ビール市場でもヒット商品を生み出しています。
本書では、これらの商品開発の舞台裏を紹介しながら、仕事における「チーム術」について書いています。

もくじは、つぎのように。

第1章 「一番搾り」リニューアルの舞台裏
第2章 落ちこぼれからのスタート
第3章 "確信犯"がヒットを生む
第4章 商品開発は異種格闘技
第5章 言葉をいかに磨くか ―会議とプレゼンの技法
第6章 縄文サラリーマンのすすめ
対談  佐藤可士和×佐藤章 ものづくりはコミュニケーション

このもくじでは、本書のポイントは伝わらないかもしれないです。。。
そこで、帯にある「本書の内容」から。

・ものづくりの現場では多数決と民主主義は意味がない
・どう仮説をたてるかで新商品の成否は決まる
・大きい市場、伸びる市場を狙う
・会社の都合で商品はつくらない
・危機感の共有が会議を盛り上げる
・上司が部下にできるのは"場"を与えること

メインテーマは、タイトルにあるように、仕事におけるチーム(ここでのチームは社内に限りません、社外を含めたチームです)の運営についてです。ただ、題材が商品開発ですので、商品開発の流れやポイントを理解することができる内容になっています。
「商品開発はひらめきだ」という方も少なくないですが、佐藤氏のスタンスは、ひらめきだけでも、データだけでもない、2者のバランスです。仮説や確信の重要さを主張するとともに、その仮説も日々のインプットから生まれること、さらにその仮説を検証することの大切さもきちんと書かれています。そしてこのバランスを、「個人」としてではなく、「チーム」として運営していくことの大切さを説いているのが、本書のメインテーマだと思います。

いくつかを紹介すると・・・。

どんな時代でも、消費者は潜在的に「こんなものがあったらいいなあ」と心の中で思っています。その心の動きに寄り添い、答えを探し続ける。それが、商品開発の仕事の醍醐味です。(p.15)

商品は世に出た瞬間に開発者のものではなく、消費者のものになります。そこを忘れて、作りたいものを作ってしまうと、消費者からそっぽを向かれてしまう。商品開発では、決して消費者目線を忘れてはいけません。(p.39)

市場調査から浮かび上がった数値やデータはあくまでも結果であって、その背景には消費者の心の動きがあります。消費者の"今の心の揺れ"に注目することが、次にくるシナリオを先読みするヒントになります。(p.70)

他にも引用したいフレーズはたくさんあります。ここで紹介しだすときりがないので、これくらいにしておきます。。。
それに、フレーズの断片を切り出して紹介しても、文脈として理解してもらわないと誤解を招くかもしれないですので。

新書ですし、語り口調のわかりやすい文章ですので、ぜひ読んでみてください。
商品開発、仕事を進める上でのチーム運営、仮説を生み出す思考法、日頃のインプット方法、プレゼンのポイント、などについてのヒントを得られると思います。

PS.
佐藤氏がNHK「プロフェッショナル」に出演した時の内容は、こちら ↓ の本でどうぞ。
(この巻は、佐藤氏以外のお二人も、興味のもてる内容だと思います。いずれも、時代やお客様に向き合うことがテーマになっていますので)

プロフェッショナル 仕事の流儀〈4〉 プロフェッショナル 仕事の流儀〈4〉
価格:¥ 1,050(税込)
発売日:2006-07

『世論の曲解』

世論の曲解 なぜ自民党は大敗したのか (光文社新書) 世論の曲解 なぜ自民党は大敗したのか (光文社新書)
価格:¥ 861(税込)
発売日:2009-12-16

このblogでも何度か「世論」に関するエントリーを書いてきましたが、その世論について新たな見方を示してくれるのが本書です。
著者は若手の政治学者です。だからでしょうか、少し挑戦的な感じも受ける本です。ご本人も、「本書は、手軽に知見を得るための本ではなく、挑戦的な議論と検証を行う種類の本である」(p.20)と言っているので、間違いないと思いますが^^;

2005年のいわゆる「郵政選挙」以降の世論や政治状況を理解する上でもおもしろいのですが、世論調査、広く見れば調査全般、データの読み方について学ぶ上でも、おもしろい本だと思います。

では、まずもくじを。

第1章 寝た子を起こした?-2005年総選挙・郵政解散の意味
第2章 逆小泉効果神話-曲解される2007年参院選の「民意」
第3章 逆コースをたどる自民党-安部政権はなぜ見限られたのか
第4章 「麻生人気」の謎-2007年総裁選・迷走の構図
第5章 作られた人気-「次の首相」調査の意味
第6章 世論とネット「世論」-曲解が生まれる過程
第7章 「振り子」は戻らない-2009年総選挙・自民党惨敗の表層と底流
終章  自民党大敗の教訓-世論の曲解を繰り返さないために

このように、巷間言われてきたいくつかの見方、解釈に対して、データ分析を通じて斬りこんでいくという内容の本です。
その対象となっているのは、「郵政選挙はマスコミに踊らされた結果」「07年参院選の自民大敗は逆小泉効果の結果」「麻生首相誕生は国民的人気の結果」「若者の右傾化」「09年総選挙の自民党大敗は振り子が民主に振れた結果」といったものです。これらの見方、解釈が、世論や世論調査を読み違えた結果として、もたらされたと主張しています。

具体的なデータ分析や議論、どのような主張なのかは本書を読んでいただくとして、ここではデータに向き合う姿勢についての学びをしていきたいと思います。

まず、なぜこのような「曲解」が起こるのか。著者は、つぎのように書いています。

人は、自分の考え方や事前に有している印象や情報にしたがって、物事を解釈しがちである。さまざまな情報やデータが周囲にあっても、自分の考えに合致する、都合のよいものだけを選び取ってしまう習性がある。少し難しい言葉で言えば、これを確証バイアスという。(本書「はじめに」pp.16-17)

これは、多くの人が陥る習性だとも思います。そして、「自分の考え方や事前に有している印象や情報」も、当然、日々の情報によって形成されているわけです。
たとえば、「麻生人気」の背景として、つぎのようなことがあったとしています。

08年総裁選時には、他にもいくつもの「国民的人気」の「証拠」が登場した。たとえば麻生太郎が書いた本の売り上げや、麻生饅頭の売り上げなどがそうである。「麻生人気」に限らず社会のごく一部による行動、限定的な現象を、一般的であるかのように語る、もしくは錯覚させる報道や言説が、政治の世界でも多い。(本書 p.141)

とかくマスコミはひとつの事象に対して集中豪雨的な報道をしがちですし、得てしてステレオタイプな、一般的に受けのいい言説を行いがちだなと日頃から感じていますので、この指摘には同意できます。

そして、このような判断の偏りや歪みは、当然、政治の話だけではないでしょう。私たちの日々の判断、ビジネス上の判断でさえ同様ではないでしょうか。
自分が多く目にしたり耳にする、自分の納得性が高い、あるいは心に残る「エピソード」だけを頼りに判断するケースを、少なからずみかけます。しかし、そのエピソードが出てきた背景や、そのエピソードが語られる文脈を理解することが重要ですし、さらにそのエピソードに対する反証例がないのかと考えることも欠かせないでしょう。
情報やデータをどれだけ多面的に見ることができるか、自分のもっている仮説や信念を批判的に見て自ら検討することができるか、ということが必要なのだと思います。
(そして本書についても、ここに書いてあることを鵜呑みにするのではなく、この分析や論理は正しいのか、という視点も必要なのだと思います)

とはいえ、このような姿勢はなかなか難しいものです。
まずは本書で、これまでの“世間的な常識”がどのように批判されているのかを見ることで、多面的な分析や批判的な検討とはどのようなことか、を学んでみてはいかでしょう。
単純集計によるデータの読み取りだけでなく、データの深い読込みには「視点の持ち方」がどれだけ重要かということも感じていただけるのではないかと思います。さらに、調査それ自体についての理解を深めるためにも。5章「次の首相」調査の意味などは、日々のリサーチを考える上でも参考になるのでは?(ベテランの方にとっては常識の範囲だと思いますが・・・)

PS.
(本書とはまったく関係ない内容だとは思いますが、「データの見方」という点では参考になると思うので・・・)
『とみざわのマーケティングノート』さんにて、先日のM-1結果についての分析をしています。
「笑い飯への紳助の100点」が話題になっていましたが、このように分析すれば取り立てて特異なことではないことがわかります。(そして、このようなデータを見ると、リサーチにおける得点も素直に集計してしまっていいのかと思いませんか?)
このような疑問をもつこと、そして実際に計算をしてみることが大切なのですね。
興味のある方は、ぜひこちらも。

M-1笑い飯、紳助の100点は東国原の92点
(「とみざわのマーケティングノート」2009/12/21)

『「嫌消費」世代の研究』

「嫌消費」世代の研究――経済を揺るがす「欲しがらない」若者たち 「嫌消費」世代の研究――経済を揺るがす「欲しがらない」若者たち
価格:¥ 1,575(税込)
発売日:2009-11-13

1ヶ月くらい前に出版されている本ですが、いまでも平積みしている本屋さんをよくみかけますので、すでに読まれた方も多いかもしれません。(帯に書いてある「クルマ買うなんてバカじゃないの?」という惹句が、効いている気がしますけど・・・)
よくある、「いまの時代」解説本のひとつのように見えますが、類書とは異なり、やや骨太な内容の本だと思います。

(ここで、個人的な話を少し。。。
本書の著者である松田さんは、私が社会人となって最初に影響を受けた人、といっても過言ではありません。社会人として入社した直後の研修で、「社会人は学生以上に勉強をしなければならない」「月に1万円は本を買え」と言われたことは、いまでも記憶に残っていますし、この言葉があったからこそ、いまの私があるのかもしれません。社会科学の方法論や、リサーチのいろは、データの読み方、多変量解析などを最初に学んだのも松田さんですし)

さて、本書に戻ります。。。
まずは、もくじを。

第1章 嫌消費の時代
第2章 嫌消費世代の登場とプロフィール
第3章 嫌消費の要因は世代特性か、低収入か
第4章 世代論はどこまで有効か
第5章 嫌消費世代のマインドと市場攻略
終章  未来の消費社会

本書の目的について、「はじめに」の中で、つぎのように書かれています。

嫌消費の事実はどこにみられるのか。どんな層が担っているのか。なぜ嫌消費なのか。嫌消費は広がるのか。彼らにどう対応したらいいのか。経済にどのような影響を与えるのか。本書では、これらのテーマを明らかにした。そして、この問題の分析に活用したのが「世代論」である。(本書「はじめに」pp.1-2)

タイトルやもくじを見ても、この「はじめに」でも、「世代」がキーワードになっていることが分かります。そして、この本の特徴と価値は、この「世代」論で分析を行なっていることにあると思います。

「いま」を分析するときに、いくつかの視点があります。“時代”、“年代”、そして“世代”です。

まず“時代”。
多くの場合、この“時代”という言葉で現象を解説しますし、「いまは、XXXな時代だから」といわれると、妙に納得してしまうマッジクワードでもあります。しかし、ほんとうに“時代”が、大きな要因となっているのかはきちんと検証しなければならない場合が多いようにも思います。そして、もしも“時代”が現象を説明する真の要因ならば、今後、変化をする可能性もあるわけです。(景気変動やファッションの循環性などは、この時代による変化といえそうです)

ふたつめは“年代”や“ライフステージ”。
ある特定の“年代”で特徴づけられる現象を取り上げて、いまを説明しようとするものです。しかし時代と同様、ほんとうに“年代”や“ライフステージ”で説明できる要因なのかということは、きちんと検証する必要があると思います。年代で説明できるということは、歳を重ねる、あるいは家族形成の過程で、その現象は変化するということですので、いずれはその年代特有の現象は消滅していくと考えられます。(「ルーズソックス」や「やまんば」といわれた現象は、この年代によるものかもしれません。ある時代の特定年代に特有の現象で、彼女たちの成長とともに消滅した現象だったということで)
また、“年代”と“世代”を、結構あいまいに使っているので、この点も注意が必要です。たとえば、「いまの若者はXXXだ」という場合、ここで言われている「若者」は、ある特定の年齢に紐づいた“年代”について語っているのか、あるいはつぎにみる(ある特定の「生まれ年」に紐づいた)“世代”について語られているのか、判然としない場合が少なくありません。

そして、3つめに考えたいのが、今回のテーマである“世代”です。
もしも、ある現象をもたらしている要因が“世代”だとすると、その現象は構造的なものとなる可能性が高いといえます。なぜなら、“世代”によるとするなら、基本的に変わることのない価値観に根ざした変化なわけですから、いわゆる時代が変化しても、歳を重ねても、ライフステージの変化でも、大きく変わることがないと判断できるからです。
たとえば「ファストフード化」は、世代の要因が大きいのではないかと思われる現象です。たしかに、時代の影響のように見えますが、マクドナルドやカップヌードルで育った以前の世代の人たちが、それ以降の世代の人たちと同様にファストフードを食べるかというと、そんなことはないでしょう。では年代かというと、多少は加齢によって利用頻度は減るでしょうけど、まったく利用しないというわけではない。むしろ、先ほどの「マクドナルド&カップヌードル」を小さい頃に経験したか否かということで、その食用傾向が異なるというのが一番の要因ではないでしょうか。(家計調査のデータを利用して、このような仮説を検証している研究もあります)

「世代とは何か」については、本書で詳しく述べられていますので、世代をきちんと理解するためにも本書はお勧めです。
というか、「いまの時代を理解するため」というよりも、「世代を理解する」「世代による分析の有効性を理解する」ということが、本書の大きな貢献ではないかと思っていますし、ここで本書を紹介したいと思ったのも、この点からです。

しかし一方で、実務上、この「世代」で分析を行なうことは、あまりないのではないかと思います。その大きな要因として、先ほどの“時代” “年代” “世代”を厳密に分ける手法として活用できる「コーホート分析」には、ある程度長期のデータが必要になるからです。また、コーホート分析のソフトもあまり見かけないですし。。。(コーホート分析、ご存知ですか? このコーホート分析についても、本書である程度理解できると思います)

本書で「世代による分析」の有効性と、そのための「長期継続調査」の有用性、そして「世代」による分析の方法の一端を、理解していただければ、と思いました。
ファッションやトレンドのような表層的な変化ではなく、本質的、構造的な変化を見極めるにはどうすればいい?、と思っている方には、一度読んでみてほしい本です。

PS1.
似たようなタイトルの下記の本も読み比べてみるといいかも。
こちらは、少し社会学的なスタンスの本ですが。

欲しがらない若者たち(日経プレミアシリーズ) 欲しがらない若者たち(日経プレミアシリーズ)
価格:¥ 893(税込)
発売日:2009-12-09

PS2.
著者の松田さんのセミナーが、JMA(日本マーケティング協会)で、2010/1/26にあるようです。詳細は、下記のHPでどうぞ。

JMA特別セミナー「消費の地殻変動を読む~キーワードはスマートな消費~」
(日本マーケティング協会HP)

PS3.
松田さんの論文は、下記のHPにも多数あります。全文を読むには会員登録が必要ですが、本書を読んで興味をもたれた方はぜひ。(ただし、かなり骨のある文章です。。。)

戦略家のための知的羅針盤<M Next>
(JMR生活総合研究所)

『変わる家族 変わる食卓』

本を読むことから少し離れていたのですが、このごろ少し復活。さらに、積んでいた本も読んでみると、結構おもしろいなと思う本も多くて。。。
なので、過去に読んで紹介し忘れた本も含め、新旧織り交ぜながら、年末に向け本の紹介を高頻度でやってみようかなと思っています。(あまり、期待せずにお願いします・・・)

変わる家族 変わる食卓 - 真実に破壊されるマーケティング常識 (中公文庫) 変わる家族 変わる食卓 – 真実に破壊されるマーケティング常識 (中公文庫)
価格:¥ 940(税込)
発売日:2009-10-24

まずは、この本から。
単行本で出版されたのは2003年、当時それなりに話題になった本だと思います。立読みはしていたのですが当時は購入せず、最近文庫になっているのを見かけて購入しました。

本書の内容は、家庭の食卓を定性的に追ったリサーチ結果です。紹介文はつぎのように。

首都圏に在住する1960年以降に生まれた<子どもを持つ>主婦を対象として、5年間にわたって実施された食卓の実態調査<食ドライブ>によって明らかにされた驚くべき現代の食卓の実態。食卓写真付きのアンケートの徹底分析によって、日本の家庭で起きている人間関係、価値観、教育観等の変化にも迫る。
(本書 背表紙より)

本書を読んで考えさせられたことは、実はいろいろあります。順に紹介してみます。

◆エクストリームユーザーの重要さ

まず本書についての Amzon のコメントをご覧になってください。これほど、いい評価と悪い評価が分かれる本は、そう多くはないでしょう。できれば、同著者の別の本のコメントも見てみてください、最後に本を紹介しておきますので。
とくに批判派のスタンスは、「一部の特殊な例をとりあげて、あげつらっているだけだ」「自分の周りにはこんな人はいない」「科学的でない」などといったものでしょうか。(なんか、自分の考え方や感覚と異なる調査結果が出ると、「この調査はおかしい」とおっしゃる方たちを想起してしまいましたが・・・)
あとは、文章自体への批判も少なくないかもしれません。たしかに、少し上から目線というか、感情的ともとれる文体ではあるかな、とも思いますが。

先に、「単行本のときは買わなかった」と書きました。それは、なんかエキセントリックな内容だなと思ったから、というのが正直なところです。つまり、Amazonコメントでの批判的な方たちに近い感想を持ったということです(あそこまで嫌悪感は感じませんでしたけど・・・)。大いに反省しないといけないですね、リサーチャーとしては。。。
いま改めて本書を読んでみると、当時感じたようなエキセントリックさを、あまり感じません。どこの家庭でも少なからず似たような状況にあるのではないか、と思えます。つまり、ここに書かれている2000年前後の食卓は、いまに至る兆候であったと考えることができるのではないかということです。
(しかし、裏腹ではありますが、一方で企業がこのような家庭の状況を促進したという面も否めないと思います。兆候をどう捉え、それに対しどのような未来を描き、そのために企業がどのような活動を行なうかによって、未来は異なるということも忘れてはいけないと思います。・・・・・・あれ、なんかドラマ「仁」のテーマのよう^^; )

定量調査は、いまの平均的な像を知るには有効だと思います。しかし、新たな市場を開拓したり、今後のシナリオを考えるには、エクストリームといわれる極端なユーザーの実態を眺めることが有効であると、あらためて気づかせてくれた本でした。(ビジネスにおける)エスノグラフィでは、「エクストリームユーザー」に注目すべきということが言われたりしますが、本書を読むと「まさに」と思わずにいられません。
(たとえば、こちらの過去エントリーを参照→ 『デザインリサーチメソッド10』 )

◆社会学的な視点が重要になっているのでは?

また、本書を読んで、いまは社会学的な視点が重要になってきていると感じています。
本書で行われている調査は、確かに「食」に関するマーケティング・リサーチといえるかもしれません。しかし、単純に、安直に、マーケティング・リサーチとは言い切れない感じも。
著者は、つぎのように書いています。

効率化の時代、みんな、すぐに結論が欲しい。すぐに原因が知りたくて、すぐに解決策が欲しい。だから手っ取り早く答えを示す人や調査・研究が求められてもいる。しかし、こんなに「激変」し、こんなに「見えなくなった」時代には、どんなに手間がかかろうとも、そのレイヤーの1枚1枚をきちんと見ていかなければ、事態はもっと分からなくなってしまうだろう。(本書「まえがき」p.15)

本書が出版されたころ<食DRIVE>調査は、広告会社の行う食マーケティングにも使われていたが、実は当初より現代の家族や家庭を調べる調査だったのである。なぜなら、食のマーケティングを行うにしても、私たちはいまの家族の実態を余りにも知らないと思ったからである。(本書「文庫版あとがき」p.283)

ある商品の購買行動とか、購買理由とか、購買意向とか、ブランドとか、プロモーションとか、価格とか・・・。これら、経営学や商学におけるテーマも確かに大切だと思います。ただ一方で、社会学で行われているような、もっと大きな変動を捉えておくことが、以前に増して大切な時代になっているようにも思えます。一方で効率も、とても重視されるので、背反してしまうのが厄介なのですが・・・。

そういえば、本書の付論として、いまの食卓の状況をみると世代が関係しているのではないかという仮説を提示しています。1960年前後生まれと1968年前後生まれのあたりで、断層が見られ、これは家庭科の学習内容の変更と符合するということです。
この仮説が正しいかどうかは別として、「世代」という視点も、いまの社会を分析するには有効な視点ではないかと考えています。
(「世代」に関しては、別の本でさらに詳しく書かれていますので、そちらで紹介します)

◆そして、いわゆる“アンケート調査”は・・・

そして、この本で強く打ち出されているのは、いわゆる“アンケート調査”への懐疑です。
著者は、つぎのように書いています。

<食DRIVE>から得られる結果で見逃せない重要なポイントに、生活者がアンケートやインタビューに回答する「言っていること」と実際に生活場面で「やっていること」との間には無視できないほどの乖離があり、それが年々大きくなっているという事実がある。しかもそれは、若い層ほど顕著になってきている。(本書「第7章 言っていることとやっていることは別」p.245)

たとえば、「手作り派」と答えている主婦の食卓が昔の考え方でいうと「手作り」とは言いがたいものであったり、「味にうるさい」「グルメ」という言葉も昔の本格志向や本物志向とは異なる、という事例が多く紹介されています。
ところで、たとえば「麻婆豆腐」をCook-Doのような合わせ調味料を使って料理するのは「手作り派」でしょうか? この本では否というスタンスのようです。もしかすると、この考え方自体が、すでに一般的でない可能性もありますよね。よくある、ことわざや四字熟語の誤認の問題のように。
このように、質問者と回答者の言葉の意味、コードが異なっている可能性があるという点も、リサーチをする人間は心に留めておかなくてはいけない大切なことです。つい、自分の基準が世間の基準だと思ってしまうので。というかあまりにも当たり前なので、思うことさえしないでしょうが。どのような文脈の元で言葉を解釈しているのか、使っているのかまで吟味しないと、真のインサイトにはたどり着かないことが増えたように思います。

著者は、さらに言います。

マーケティングリサーチにおいては、「とりあえずアンケートをとってみれば、何かがわかるんじゃないか」「アンケートでこう出ているんだからきっとそうなんじゃないか」というような安易な姿勢ではものごとを判断できなくなっている。調査にも、このような人々に対応した高度な技術や設計、そしていままで以上の深い洞察力が要求される時代になっているということだろう。(本書「第7章 言っていることとやっていることは別」p.257)

そのとおりだと思いますし、このように考えてくれる方が一人でも増えると、世のリサーチ会社も、もっと仕事が増えるのではないかと思うのですが。。。
(いや・・・、もしかしたら、だからこそリサーチ会社は頼られなくなったのか?。。。)

このように、この本はいろいろなことを考えさせてくれました。実は、もっと考えることはあったのですが、このblogの本題ではないので、ここでは触れません。
興味をもたれた方は、一度、読んでみてください。面白いと思うか、腹を立てるかは、あなた次第ですが。。。

PS.
興味を持った方は、同じ著者のつぎの2冊もどうぞ。
(とくに、『普通の家族がいちばん怖い』のAmazonコメント欄を。いい評価と悪い評価が見事に分かれています・・・)

“現代家族”の誕生―幻想系家族論の死 “現代家族”の誕生―幻想系家族論の死
価格:¥ 1,890(税込)
発売日:2005-06

普通の家族がいちばん怖い―徹底調査!破滅する日本の食卓 普通の家族がいちばん怖い―徹底調査!破滅する日本の食卓
価格:¥ 1,575(税込)
発売日:2007-10

(あとがきによると、この年末にも続編が出ることになっているようなのですが・・・。まだみたいですね~2009/12/18現在)

【追記:2010/2/21】
新刊が出版されていました。
今回は、「食卓の写真」が多く掲載されているので、ビジュアルで状況を確認できます。

家族の勝手でしょ!写真274枚で見る食卓の喜劇 家族の勝手でしょ!写真274枚で見る食卓の喜劇
価格:¥ 1,575(税込)
発売日:2010-02-19

『デザイン・リサーチ・メソッド10』

デザイン・リサーチ・メソッド10 デザイン・リサーチ・メソッド10
価格:¥ 9,975(税込)
発売日:2009-06-18

以前から紹介したいと思いながら、いまになってしまいました。。。
価格も価格なので、気軽に買える本ではない、というのもありましたし。
内容は、世界の代表的な10のデザインファームでのリサーチメソッドを紹介するというもの。
(ただし、ここでいうデザインは、表層的な、お飾りとしてのデザインとはまったく異なります。ほんとうの意味でのデザインとは何かを考えるきっかけにもなると思います)
紹介されている10のデザインファームと事例は、以下のとおり。

●IDEO (アメリカ)~シマノ「COASTING BICYCLE」
●seymourpowell(イギリス)~ALICE「ブロードバンドルータ」、STANNAH「介護用エレベーター」
●TheAlloy(イギリス)~ARGUS「消防士用デジタルカメラ」、BT「ベビーモニター」
●tangerine(イギリス)~BRITISH AIRWAYS「ファーストクラスのシート」、AUPING「介護ベッド」
●The Division(イギリス)~パナソニックデザイン社「ブランドビジョン」、日産自動車「インテリアデザイン」
●fuseproject (アメリカ)~コカ・コーラ「Coca-Cola Refresh Recycling Bin
●CastelliDesign(イタリア)~日立製作所「スーパーテクニカルサーバ」
●AMO(オランダ)~PRADA「PRADA PROJECT」
●INNO DESIGN(韓国)~AMOREPACIFIC「LANEIGE」
●FRONT (スウェーデン)~「Sketch Furniture」

本書の編集協力を行ったトリニティ(デザインコンサルティング会社)が、「はじめに」で書いている内容が、この本の紹介を躊躇した気持ち、でも紹介したいと思った気持ちを表現してくれています。

ここに挙げた事例は、10ケースに過ぎない。またこれらは、彼らのクライアントとのかかわりによって展開された過去の実績である。企業組織の独自性、国内・海外と双方を持つ市場領域、デザインに対するユーザーの認識などを考えると、日本の企業やデザイン事務所にそのまま流用できない面もあろう。もとより、欧米のデザインアプローチを模倣する時代も終わっている。
しかし、私達はユーザーの潜在化・顕在化した欲求に対し、新しい商品やメッセージを将来にわたって永続的に届けなければならない。その欲求やデザインへの期待を理論的に導き出すこれらのデザインリサーチは、1つの解決手段として、日々のワークフローを検証する手段になると考える。また、これらを参考に、自ら独自のデザインリサーチを確立することも有効である。こうしたデザインリサーチが、ユーザーのマインドを探り当て、社内の共通言語や意識をまとめる手段として部門を越えて成立する可能性も秘めている。

「デザインリサーチ」という言葉自体は1990年代の終わり頃には語られていた、といいます。ちょうど、リサーチにおいてもポストモダンや解釈的手法が注目されていた頃にあたり、まさにパラダイム転換の時代であったといえるでしょう。
(この時代に興味がある方は、石井+石原によるマーケティング3部作をどうぞ)

しかし日本においては、いまに至っても「デザインリサーチ」という言葉も考え方も、注目されていないように思います。
(ただし、このように思うのは、もしかしたらリサーチ業界にどっぷり浸かっていたからかもしれません。企業のデザイン部門ではふつうの言葉だったかも? もしもそうだとしたら、これはこれで問題だとも思うのですが。リサーチ業界の狭さというか、限界というか・・・で)

けれど、いまは「インサイト」とか「エスノグラフィ」という言葉がもてはやされています。こんな時だからこそ、「デザインリサーチ」について学び、理解する必要があると思います。
たとえば、以下のIDEOのデザインリサーチメソッドがあります。

  • 理解(Understand)→観察(Observe)→統合(Synthesize)を経て、視覚化(Visualize)、実現化(Realize)、評価(Evaluate)、改良(Refine)のサイクルをまわし、実行(Implement)へと至る過程
  • ユーザー調査対象には、メインストリームユーザーではなく、エクストリームユーザーを選ぶ
  • 具体的なリサーチ手法として、「Analogous Observation」「Rapid Ethnography」「Card Sort」「Try it Yourself」を用いる

これらは、いま日本ではやり(?) and/or 話題(?)になっているエスノグラフィのメソッドとかなり共通する部分があります。というか、おそらくこのIDEOのメソッドをベースにしていると思います。

他に紹介されているメソッドも、ブランド分析と社会分析から目指すべき未来のブランド像を描くとか、ワークショップによるデザインアイデンティティの構築とか、狭い意味でのリサーチとは趣を異にしているといってもいいものです。
そして、これらのメソッドの共通点であり、ポイントは、「デザイナーが自らリサーチを行なうこと」。やはり、問題意識を持った人が、現場で経験し、観察し、議論することが重要なのでしょう。

これからのマーケティング・リサーチについて考えてみたい方、エスノグラフィに興味をもった方、あるいは本当の意味でのデザインについて興味がある方、ぜひ本書を読んでみてください。
さすがにデザイン関係の本だけあって、チャートや写真も豊富なので、眺めるだけでも十分におもしろいと思いますよ。
(しかし、価格がちょっと・・・、なので図書館ででも探してみてください)

◆関連本

本書で最初に紹介されているのがIDEOですが、IDEOに関しては以前も紹介したことがある、↓ の本でもそのメソッドが紹介されています。よりIDEOについて知りたい方は、こちらもどうぞ。
(ただ本書~デザイン・リサーチ・メソッドの方が、簡潔にポイントが整理されていて、理解しやすいと思います。。。)

発想する会社! ― 世界最高のデザイン・ファームIDEOに学ぶイノベーションの技法 発想する会社! ― 世界最高のデザイン・ファームIDEOに学ぶイノベーションの技法
価格:¥ 2,625(税込)
発売日:2002-07-25

日本企業でのデザインについて紹介されている本としては、↓ の本があげられます。
(こういう本を読むと、単にデザインリサーチという考え方を知らなかっただけなのかも、と考えさせられます)

ソーシャルイノベーションデザイン―日立デザインの挑戦 ソーシャルイノベーションデザイン―日立デザインの挑戦
価格:¥ 2,520(税込)
発売日:2007-12

◆おまけ
本文途中にあげた「石井+石原のマーケティング3部作」は、こちら ↓
コトラーのマーケティングや戦略的マーケティングに、飽き足らなくなった方、あるいは、なんか違うと感じている方に、おすすめです。
(ただし、論文集ですので、読みやすくはないです。。。)

マーケティングダイナミズム―生産と欲望の相克

マーケティングダイナミズム―生産と欲望の相克
価格:¥ 3,466(税込)
発売日:1996-08

マーケティング・インタフェイス―開発と営業の管理
価格:¥ 3,990(税込)
発売日:1998-05

マーケティング・ダイアログ―意味の場としての市場 マーケティング・ダイアログ―意味の場としての市場
価格:¥ 3,465(税込)
発売日:1999-07

『ヒットの神様』

ヒットの神様―伝説のマーケッターに学ぶ、不況に勝つ知恵 ヒットの神様―伝説のマーケッターに学ぶ、不況に勝つ知恵
価格:¥ 1,260(税込)
発売日:2009-06

以前、萬さんからもコメントで紹介されていた本書、遅ればせながら、やっと紹介です。
(出版社は幻冬舎です。ビジネス書ではちょっと珍しい出版社なので、本屋さんによっては置いてるコーナーがビジネスでないかも? レシート上の分類も「文学評論・エッセイ」となってますし・・・)

「はじめに」で、「日本のマーケティングの基礎をつくった、無名の偉人」と銘打って紹介されていますが、ありていに言えば内田耀一さんという方の業績を綴った本です。
紹介されている時代も、1963年(昭和38年)から1973年(昭和48年)にかけての商品。

しかし・・・
ここに書かれていることは、いま読んでも決して古くないのではないか?、そんな気がします。
マーケティング・リサーチ(とくに定性的な手法)がまだ確立していなかったころ、内田さんが、どのような問題に直面し、どのようなことを考え、どのような段階を踏み、どのようなリサーチを行なったのか?。。。ここに書かれていることは、マーケティング・リサーチの基本であると思います。

では、主要なもくじとそこで紹介されている商品の一部を。

第1章 1963(昭和38)年~
「マーケティング」という言葉がなかった時代の商品開発
~シッカロール、ハイクラウン、バッカス、プロ野球中継、ジャルパック

第2章 1965(昭和40)年~
ベビーブーマーの受験戦争とサザエさん、カップラーメン登場
~ブルーワンダフル、インスタントラーメン、サザエさん番組放映、レミーマルタン

第3章 1970(昭和45)年~
豊かさへの道を歩む日本と商品コンセプト概念の確立
~ジャックダニエル、コーラック、マキロン、レディボーデン、東京ディズニーランド、ヴィックスヴェポラップ

こうやって商品を見ると、確かに古いかもしれませんが、聞いたことのある商品やいまも残っている商品であることに気づかされます。(こちらが、歳だから?・・・)

そして個人的に、この本の中で一番「はっ」としたのは、そして一番納得したのは、内田さんの「グループ・ディスカッション」という呼び方へのこだわり。いまでは、「グループ・インタビュー」と言うことがほとんどですが、内田さんはあくまで「グループ・ディスカッション」ということにこだわったといいます。
それは、

思ったままを自由に話してもらうディスカッションであって、質問に答えてもらうインタビューではない。(p.18)

からです。これは、とても重要な指摘ではないかと思います。

さらに、

  • 「シークエンス・スタディ」という方法への言及
  • 個人の面接調査法には2種類あることへの言及
  • ジェネラル・ディスカッションとフォーカス・ディスカッションへの言及

など、いまでは、かなりあいまいになっていることについての言及がみられ、この点でも勉強になります。

そして、この本からもっとも学んで欲しいのは、内田さんの調査目的と調査対象者へのこだわりと、「現場」をとても大切にされていることです。マーケティング・リサーチの基本中の基本であり、一方で、いまではかなりおろそかにされていると感じている点です。
そして、この内田さんの調査目的、調査対象、現場へのこだわりが、数々のヒット商品を生み出したポイントではないかと思います。

マーケティング・リサーチに携わる方、とくに若手のリサーチャーやマーケターの方には、ぜひ読んでほしい本です。

◆関連して

<その1>
内田さんが、「グループ・ディスカッション」というタイトルにこだわった本は、こちら↓ の本です。2005年に、日本能率協会総合研究所から発行されています。

グループ・ディスカッション調査マニュアル
価格:¥ 39,900(税込)
発売日:2005-12-15

価格が価格なので個人で購入するのは厳しいですが、会社で一冊どうでしょう?

<その2>
林さんにも本書について寄稿していただきました。
つぎのエントリーで、ご紹介します。(→こちら

<その3>
関連本というわけではないのですが、本書とテイストが似ている本をあわせて紹介しておきます。こちらも、マーケティングではその名を知られている、日本コカ・コーラ会長(前社長)の魚谷氏の著書で、日本コカ・コーラでのさまざまな活動が綴られています。
やはり若手のリサーチャーやマーケターに読んでもらいたい本です。マーケティングとは何かがわかると
同時に、仕事の厳しさも感じてもらえる本になっていると思います。

こころを動かすマーケティング―コカ・コーラのブランド価値はこうしてつくられる こころを動かすマーケティング―コカ・コーラのブランド価値はこうしてつくられる
価格:¥ 1,575(税込)
発売日:2009-08-07

もくじを紹介しておきます。

序章 予想もしなかった日本コカ・コーラへの入社
第1章 コカ・コーラのマーケティングシステム
第2章 原点は人に喜んでもらうこと
第3章 顧客は見えているか
第4章 現場に足を運んでいるか
第5章 飛び抜けた商品を提供できているか
第6章 最後までやり抜いているか
第7章 人の心を動かしているか
第8章 関係者を巻き込んでいるか
第9章 常識にチャレンジしているか
終章 マーケティングとは経営そのものである

やはり「現場」を大切にしているのが、興味深い・・・。

『ビジネス・インサイト』

ビジネス・インサイト―創造の知とは何か (岩波新書 新赤版 1183)
価格:¥ 819(税込)
発売日:2009-04

このblogでも、何度か紹介しています石井淳蔵先生の新しい著書が出てました。
これまで、あちこちのコラム等で書いてこられたことを、「ビジネス・インサイト」というテーマの元にまとめたものと言えそうです。

また、前エントリー「マーケティング・リサーチの現状」でのコメントのやりとりの内容とも、多少かかわってくるかもしれません(→こちらのエントリーです、コメント欄をご覧ください)。
永遠の若手さんが最初感じていたような「マーケティングは、所詮、センスではないのか?」、そしてそれへの回答でとおりすがりさんが指摘した「科学的に「商売」を定式化したものが、マーケティング」。
今、この「センス」と「科学」の間で揺れ動いているマーケターの方は、多いのではないでしょうか?(リサーチャーの方も?)
私自身、このような意味でマーケティング・リサーチへの懐疑を抱き、一度現場から少し離れた視点で、マーケティング・リサーチを学びなおしたいということで大学院進学を選んだという経緯もあります。

石井先生の今回の著書は、このような疑問に対して、ひとつの回答を呈示している本だと思います。(この回答を肯定できるかどうかは、それぞれだと思いますが・・・)

では、いつものように、まずはもくじを。

序章 経営者は跳ばなければならない
第1章 実証主義の経営を検証する
第2章 ビジネス・インサイトとは何か
第3章 知の隠れた力 tacit knowing
第4章 ビジネス・インサイトをケースで学ぶ
第5章 ケース・リサーチの可能性
第6章 経営における具有性

こうやってもくじだけみると、お手軽なビジネス書に見えるかもしれませんが、岩波新書ですので。。。そんなにお手軽ではないですし、ノウハウが書いてあるわけでもありませんので、この点は誤解なきよう。
では、何が書いてあるのか?「本書の課題」として、つぎのように述べています。

本書では、「経営者は跳ばなければならない」ということをめぐって、それについての、経営の実践と経営の研究との関わりについて考えたい。経営者が跳ぶ、そこには経営者が将来の事業についてもつところのインサイトの存在があると考え、それを「ビジネス・インサイト」と名づける。そして、ビジネス・インサイトの考え方と、それを理解するための枠組みとを提起したいと考えている。(p10)

キーワードはすでに紹介した。「暗黙に認識する」ことと「対象に棲み込む」ことである。(p11)

このように、本書で書かれているのは、ノウハウではなく「考え方と枠組みの提起」ですので。
この文章だけでは内容がわからないかもしれませんが、ぜひ一度、ご自身で読んでみてください。よくある経営書とは違う視点を得ることができるかもしれませんので。

(amazonにも出てないようなので、以下、カバー折の惹句を紹介しておきます。こちらで少しはわかるでしょうか?・・・)

新しいビジネスモデルが生まれるときに働く知を、「ビジネス・インサイト」と著者は呼ぶ。この創造的な知は何なのか。M・ポランニーの「知の暗黙の次元」を手がかりに、ビジネス・インサイトが作用した多くの事例を考察して、ケースを学ぶことで習得できる可能性を探る。マーケティング研究の第一人者による経営学の新展開。

ここでは、本書の本題からは離れるかもしれませんが、前のエントリーで少しテーマとなった「学ぶ」ということについて考えさせられる文章が随所にあるので、いくつかご紹介しておきたいと思います。(とはいっても、創造的な知のためには「暗黙に認識する」「対象に棲み込む」ことが必要、というキーコンセプトと関連しているのですが。)

たとえば、経営研究と経営実践については、つぎのように言っています。

学者の所説を一つの素材として自分の構想に取り込み、構想を描く。あるいは、その所説の中に棲み込んで、その所説を自家薬籠中のものとする。所説の良いところも悪いところも、裏も表も理解する。そしてたぶん、その所説を述べる学者が当初想定していた範囲を超えて、その所説に新たな意味づけを与え新しい生命を吹き込む。そのようにして、経営学における知識や所説は、彼らにとってかけがえのないものとなり、自身の事業経営の核にも位置することになる。(p9)

そして、「セオリー」については、つぎのように言っています。

セオリーを現実に使いこなすためには、セオリーもまた現実の一断片、意味ある全体を見通すための一つの手がかりでしかないことを知ることである。現実を説明する唯一無二のセオリーがあるわけではなく、一つ一つのセオリーが説明できる範囲、説明できない範囲を知り、セオリーの適材適所を図らないといけない。つまり、セオリーは相対化されることが必要だ。(p164)

さらに、「暗黙の認識の存在」という力を得るための姿勢について。これはまさに、「学ぶ」ことの基本的な姿勢だと思います。

第一に、「意味ある全体像」は、能動的に経験を形成しようとする結果として生起することである。(・・・中略・・・)
能動的な関わりは、現実にそういう事情に迫られれば、誰でもそうなることだろう。だが、「いつ必要になるかわからない将来に備えて学ぶ」ということになると、途端に能動的な関わりへの意欲を失ってしまう。(・・・中略・・・)
先に述べたように、その学ぶ意欲が教育においてもっとも肝心な要素である。意欲がなければ、言葉で伝えることができずに後に残した何かを、受け手が発見できることはないのである。(pp167-168)

第二として、学ぶ意欲をもって、全体を把握する手がかりとなる対象に棲み込むことが大事であるということも理解しておきたい。(・・・中略・・・)対象が当事者であれば当事者になりきって同じ視界で物事を見、そして考えること、対象がセオリーであれば、まずそのセオリーを使って問題を解いてみること、対象が事物であれば、その事物のありとあらゆる可能性や意味について探りを入れること、になるだろう。

こうやって、本を読み替えることも「新しい知の創造」には必要なことだと思います。(と、正当化をしておきます。。。)

PS.
実は、最近の石井先生のコラムを読むと、本書のポイントが散りばめられています。
つぎのエントリーで、まとめておきますので、こちらもどうぞ。

『R25のつくりかた』

「R25」のつくりかた (日経プレミアシリーズ) 「R25」のつくりかた (日経プレミアシリーズ)
価格:¥ 893(税込)
発売日:2009-02

(すでに出版から1月くらい経っているようなので、読まれた方も多いかもしれませんが。。。)

創刊当時(もう4年半も経つんですね・・・)、大きな話題を呼び、多くの講演やセミナーが組まれたフリーマガジン「R25」。その講演の内容が、やっと(?)本となって出版されました。
書かれている内容は、著者自身が言っているように当時の講演で語られていた内容ですが、再読してみると、やはりいろいろなきづきを与えてくれるのではないでしょうか。
当時、講演を聞かれた方も、もう一度おさらいのつもりで読んでみても損はないと思います(新書ですし・・・)。

(このblogでも、藤井氏のセミナーの内容を紹介しています。こちら↓)

リサーチをきちんと使う(2006/12/2エントリー)

もくじは、つぎのようになっています。

第1章 少人数の組織で「業界常識」に立ち向かう
第2章 M1層は本音を語ってくれない
第3章 M1層に合わせた記事づくり&配布作戦
第4章 世の中のちょとだけ先を行く発想術
第5章 M1世代とM1商材を結びつける
第6章 さらにビジネスを広げるために

とくに、リサーチに関係するのは2章です。
「R25」のターゲットであるM1層のインサイトを明らかにするために、彼らがどのようなリサーチを行なったのか、ぜひ読んでみてください。調査・リサーチのほんとうの意味、そしてインサイトに迫るには、上辺だけの、通り一遍のリサーチでは通用しないことも、わかってくると思います。

ただ、この本をこのようなリサーチ活用の視点からだけ読むのはもったいない。とくに、調査会社に所属しているリサーチャーの方は、ぜひ一読を。
なぜなら、調査会社所属のリサーチャーは自分たちが取り組んだリサーチがクライアントでどのように活用されるのかがよくわからない、というジレンマを感じることがあります。本書を読むと、この点が少しはわかると思います。クライアントでプロジェクトがどのように進むのか、その中でリサーチがどのようなときに使われるのか、結果がどのように活用(解釈かな?)されているのか、などがなんとなく感じることができると思います。
実際にクライアントのプロジェクトの全過程に関与していくことは、ほとんど不可能でしょう。なので、このような本を読むことで擬似体験をしておくことは、クライアントがどのようなことを望んでいるのか、どのようなことを考えているのかということを理解する一助になると思います。
(ただし、すべてのクライアントが、同じレベルでリサーチを理解・活用しているというわけではない、ということも忘れずに。)

リサーチャーに限らず、読む人の立場や問題意識によって、いろいろに読むことができる本だと思います。そういう意味でも、おすすめです。
新書(≒安い)ですし、語り口調なので読みやすく、90分くらいで読むことができる内容ですので、一度手に取ってみてください。

PS.
同じリクルートの方の著書ですが、こちら↓の本もあわてどうぞ。
リクルート流発想術&広い意味でのリサーチの勘どころのようなものを感じ取れる内容です。
(こちらの本も、本blogで以前紹介しています。あわせて、どうぞ→ こちら )

リクルート「創刊男」の大ヒット発想術 (日経ビジネス人文庫) リクルート「創刊男」の大ヒット発想術 (日経ビジネス人文庫)
価格:¥ 750(税込)
発売日:2006-08

【2009.6.25追記】
「R25」に関して、↓のような記事も。

解体!R25――ビジネスの裏側、教えます。社内では意外に評価されていない!?
(東洋経済:2009.6.24)