ヒットの神様―伝説のマーケッターに学ぶ、不況に勝つ知恵 価格:¥ 1,260(税込) 発売日:2009-06 |
『ヒットの神様』への林さんの寄稿です。
(本書の紹介は、こちらに)
*****************************************************************************************************
私が市場調査の仕事を始めたきっかけとなった当時のボスであった故U氏は、広告代理店の萬年社出身で、内田さんの部下であったと聞いていた。その後、グループインタビューの実務を教えて下さった当時フリーのインタビュアーであったO氏も、萬年社出身で内田さんを師と仰いでいた。つまり、私のインタビュアーとしての原点は、内田さんの存在にあったのだと、この本を読んで改めて気が付いた。
定性調査に関心のある人たちの任意の勉強会であるグループインタビュー研究会でも、内田さんは重鎮として参加されていて、私達は定性調査の考え方や技術に関する生のお話を伺ったし、1985年にグループインタビュー研究会のメンバーで共同執筆した「グループインタビュー実践マニュアル」-日本能率協会-の出版委員会にも同席させていただき、いつも興味深いお話を伺っていた。
その会はグループインタビューの本質論だけでなく、対象者へのお弁当を何にするかといった実務に関する議論もあり、「お寿司をはじめとする生ものは、万が一のことがあるからグループインタビューの対象者に出すべきではない」という内田さんの言葉で、そういう配慮も必要だということを教えられた。
内田さんがASIマーケットリサーチを辞められてフリーリサーチャーになられてからは、グループインタビュー(内田さんは、デイスカッションという名に拘られている)のお手伝いをさせていただいたこともある。
内田さんのインタビューは、対象者の自発的な会話を誘発して、とにかく耳を傾ける、適宜プローブして言葉の意味を深めることを徹底されていて、質問を浴びせかけるというようなことは一切されていなかった。質問をして出てくる表層的な言葉よりも、その奥にある潜在意識(ホンネ=自分でも気付いていないが確かにある気持ち)の抽出が大事であり、そこからの気付きを次の発想に繋げるための、本来のグループインタビューの形に拘っていらした。
内田さんのインタビューは、テーマに入る前の背景(General Discussion)に1時間ほどを費やす。実はこの背景情報の中に、課題に関する重要なヒントがあり、耳で聴きながら、そこをばっちり掴んでいて、テーマインタビューの際にきちんとそれを昇華してプローブしていく。インタビュアー(内田さんは、モデレーターと言っている)が話を聞き→聴く→気付く→発想する→創造するために、こういう手法が必要不可欠なのである。
本書の中に「グループディスカッション」という呼び名に拘られたと書いてある。対象者の相互刺激を活用して、自由に自発的に出る会話にこそ、潜在意識が飛び出すという考え方であり、だからこそインタビューよりもディスカッションが相応しいというお考えなのだと思う。
この呼び方への拘りはグループだろうが、1人だろうが、フロー通りに質問していくだけというやり方で、真意に迫ることなく言葉を取って満足するインタビュー方法に対する、彼の抵抗とも受け取れる。(私もディスカッションを重視しているが、グループインタビューと呼んでいる)
内田さんは、心理学の学者であり、学問と体験によって観察、洞察力を磨きあげたリサーチャーの先駆者と思っていた。しかし、この本の題にもあるように、想像⇒創造に繋げるマーケッターとしての才能もあり、調査結果をマーケッターやプランナーに的確に翻訳(直訳ではない)するという役割も担っていられた。その例が本書の中にいくつも挙げられている。
新しい試みを提案した時に、クライアントの上の方が「やってみましょう」と決断されたという実例があるが、これはクライアントと内田さんとの間に信頼関係ができていたことに起因している。クライアントから調査の打診をされたら、内田さんは綿密な情報収集をして、それを考察して、目的を整理して、課題と仮説、手法、対象者の条件を提案する。それが採用されると、今までに体験したことがないことであっても、様々な工夫をして、実行する。そして、手書きや手集計があたり前の時代に、クライアントの目的を達成するために、インタビューも分析も人ができる限りの労力と知恵を使って最大限の努力をする。クライアントと生活者の双方の利益を追求するための誠意が、それらの行動に表れている。
内田さんとクライアントは、お互いに活発に意見を交換して、相手を受け入れるという対等なパートナー関係を築いている。そこには、対象者に伝わらないような質問でも、クライアントの指示だからといってそのまま受け入れるような、今のリサーチャーにありがちな「忠実」とは異なった、「誠実」な関係が見える。誠実と忠実はイコールではない。
もうひとつ、内田さんがクライアントと生活者の気持ちの上での接点を探すために、常にアクティブに行動していることに驚かされた。女性の下着売り場、幼稚園での観察例は、今流行のエスノグラフィーの原点であるが、洗剤を洗濯板を使って洗ってみる、銀座のクラブに行ってみる、メーカーの研究所に行ってみるなど、とにかく行動することの全てが発想のヒントになる、という考え方を実践されていたことが伺える。本著の中にある「自分で考えてヒントが浮かばなかったら、現場を観察する」という姿勢をリサーチャーは決して忘れてはいけない。
最近でこそ脳科学が注目されているが、内田さんは1963年から嘘発見器やアイカメラを使っての調査を取り入れられていて、生活者を知るための創意工夫への惜しみない努力に敬服する。人間でありながら、人間を解明するのは簡単ではない。いまでも、いろいろな角度から試行錯誤が行われているが、どんなソフトを使っても、人間の近未来の志向が容易に明らかになることはない。様々なデータを、人間がいろんな角度で読み込んで、発見して、想像⇒創造という知恵を絞ってはじめて、真実に近いものが見えてくる。
内田さんが大病されたというお話はご本人からも聞いていて、それが大原麗子さんと同じギランバレー症だったというのを、この本で知った。その病から見事に復活された後にお目にかかる機会があり、壮絶な病との闘いのお話を伺った。その後、赤坂見附の駅ですれ違ったことがあり、お痩せになられていたが、スタンドカラーのブルーストライプのシャツとブレザーの相変わらずのダンディなファションが脳裏に焼き付いている。それが、お姿を見た最後だった。
改めて、内田さんのご冥福を祈ると共に、遅ればせながら厚く御礼を申し上げたい。
林美和子