月別アーカイブ: 2010年8月

MROCを考える

8/25にツイッチャーの会(twitter で繋がったリサーチャーの勉強会)が行なわれました。
今回は、experidge 岸川さん(→ blogはこちら。とても参考になるblogです)によるMROC(marketing research online community)の事例紹介。
MROCという言葉はともかく、オンライン・コミュニティを活用したリサーチは以前から興味を持っていたので、岸川さんのセミナーを少しサマライズしつつ、MROCについて思うところをまとめておこうと思います。

【岸川さんによるMROC事例紹介とまとめ】

紹介していただいた事例は、BrainJuicer 社(→HPこちら)の「the JuicyBrains Innovation Community 」。
同社はこのシステムで、ESOMAR の Best Methodology Prize を受賞しているそう。

岸川さんの説明からポイントをつまむと(誤りがありましたら訂正ください>岸川さん)

    • このコミュニティは、製品開発におけるコンセプト開発のための定性調査のプラットフォームとして位置づけられる。

 

 

    • 「ブランド特化型でないコミュニティ」のメリットとして、
      参加者としては、疲弊や惰性、バイアスを軽減できるし、さまざまな製品開発に関与できるので「おもしろい」。
      サービス提供者としては、低価格&低負担で提供が可能。

 

    • 主なリサーチテーマとしては、インサイトジェネレーション、コンセプトジェネレーション、コンセプトクリニックといった開発上流でのテーマ。

 

    • 1回のテーマでの参加者は、100人程度。

 

  • (GIと対比した)オンライン・コミュニティ活用のメリットとしては、安い、早い、継続できる、多くの人の意見を聞ける、広域な人の意見を聞ける、消費者同士のインタラクティブ性がある、等があげられる

といったあたりでしょうか。

実務上の課題となるのが、「コミュニティ運営と結果の分析」というのも納得。
現状は、テキストアナリシス(テキストマイニング)は補助的であって、分析者の読み込みによる解釈が主流だとか。

また、広くMROCとして整理すると(レイ・ポインターによる。下記書籍参照)

  • もっとも急速に伸びている手法。
  • しかし、「これがMROC」という決まった型はない。
  • 定性と定量の融合が図れる。
  • ディスカッション、リスニングという視点は将来のマーケティング・リサーチの主要部分となる。
  • ORC(オンライン・リサーチ・コミュニティ)は、ニューパラダイムやニューマーケティング・リサーチの一要素であることは間違いない。

ということです。

すでに欧米では、blogや本でMROCは広く取り上げられており、代表的な blog や本も紹介していただきました。英語に抵抗のない方は、こちらもぜひ。

◆blog: Research Community FAQ(Jeffrey Henning’s Vovici:2010.7.21)

◆書籍: ”The Handbook of Online and Social Media Research” →11章がMROC

The Handbook of Online and Social Media Research: Tools and Techniques for Market Researchers The Handbook of Online and Social Media Research: Tools and Techniques for Market Researchers
価格:¥ 5,698(税込)
発売日:2010-10-11

【感想など】

自分の卑近な例にあてはめて考えるのは、よくない思考なのですが、直感的に思い出したのが、掲示板を活用したオンライングルインでした。この点は、当日の議論でも話がされたので、皆さん同様だったよう。MROCを考える上で、参考になるかもしれません。

また、「空想生活」や「@コスメ」などの事例も頭に浮かびました。

これらもふまえつつ、個人的に気になった点は、以下でした。

    • 「ひとつのブランドに特化していないコミュニティ(以下、インディペンデント・コミュニティといいます)」をメリットとしているが、ほんとにメリットか?
      確かに、ブランド特化型コミュニティでは参加者が偏る可能性もあり、そこでの意見がとんがり過ぎる、過度な適応を導く危険性もあるが、インディペンデント・コミュニティ参加者のテーマ製品への「関与度」は、どの程度のものなのだろう?
      あまり関与度が高くない人の意見をいくら集めても、あまり意味を感じない。。。

 

    • 参加者間のインタラクティブは、どの程度行なわれているのだろうか?
      オンラインコミュニティで行なう意義は、参加者間のインタラクティブだと思うので、この点は気になる。ただ一方で、twitter をやってみて感じるのは、100人くらいの意見が流れると、意見を追うのがなかなか難しいとも感じるので。。。
      もしも、あまりインタラクティブがなされないとしたら、それは自由回答メインの定量調査と変わらなくなってしまう。

 

  • そして、すでに岸川さんからもあげられていた「運営と分析」の問題は?
    掲示板型のグルインがうまくいかなかった原因のひとつとして、この「運営と分析」の問題は大きかったように思う。
    個人的に、とくに気になったのがコンテクストの問題。コミュニティ登録の際に、どの程度のプロフィールを取っているのかについては詳しくわからなかったが、「誰が、何を背景に、どういう発言をしているのか」というのが、とくにインサイトジェネレーションでは大切だと思っているので、このあたりの情報がどの程度取れるのかは気になるところ。
    (ブランド型のコミュニティだと、日々の発言の積み重ねで、発言者のコンテクストをある程度把握することができそう。またリアルのグルイン等では、参加者の表情等がコンテクストを理解するひとつの参考になりうるのでは。)

主なポイントは、この3点。つまり、「コミュニティ形成(パネル構成)」「運営」「分析」になりそうです。

【さて、では?】

なんか、このように整理してしまうと、MROC否定派、あるいは懐疑派と捉えられそうですけど、決してそんなことはありません!むしろ、積極推進派です。
(5年以上前から、クオリティパネルやインタラクティブな手法を用いたリサーチの必要性については考えていたくらいです。いくつか実験もしましたが、既存手法の応用では、なかなか難しく・・・)

  • 消費者が「一人十色」になり、「平均的な」マーケットが小さくなっている
  • 消費者の意思決定に、ネットワーク(オンラインでも、オフラインでも)の関与する割合が大きくなっている(意思決定の際にさまざまな情報に接する)
  • 「代表性のあるマーケティング・リサーチ」が難しくなっている
  • 市場実態(何が売れているか)は、IT技術の進化により「サーベイ」を行なわなくてもデータが得られる
  • 上記のような結果として、マーケティング・リサーチのテーマも、インサイト・ジェネレーションやコンセプト・ジェネレーションの比重が大きくなっている

いずれも仮説ですが、このような時代状況にあると考えると、MROCのような手法が有効になると思うからです。

「ここでもう一度、先行研究的な本を見直さないといけないな」と思い、手に取ってみたのが以下の本です。MROCを考えようとするには、このあたりの本は読んでおくべきだろうと思います。(こうやって並べると最近の本がない。ちょっと勉強不足かも・・・)

まず、すでに古典ともいえそうな2冊の本。
「コミュニティ」や「ソーシャルテクノロジー」について考えるには、必読の2冊だと思います。

グランズウェル ソーシャルテクノロジーによる企業戦略 (Harvard Business School Press) グランズウェル ソーシャルテクノロジーによる企業戦略 (Harvard Business School Press)
価格:¥ 2,100(税込)
発売日:2008-11-18
ウィキノミクス マスコラボレーションによる開発・生産の世紀へ ウィキノミクス マスコラボレーションによる開発・生産の世紀へ
価格:¥ 2,520(税込)
発売日:2007-06-07

 

日本でのユーザードリブン開発の先行事例として必ず取り上げられるのが「空想生活」であり「空想無印」。ファイル形式= pdf 限定でググると、さまざまなペーパーが得られると思います。やはり「コミュニティ形成」や「運営」を考える上では、参考になるはずです。
そして、少し前のものになりますが、空想生活と空想無印について整理した論文が掲載されているのが、こちらの本です。

競争的共創論―革新参加社会の到来 (HAKUTO Management) 競争的共創論―革新参加社会の到来 (HAKUTO Management)
価格:¥ 2,625(税込)
発売日:2006-06

 

もうひとつの課題である「分析」。
MROCが定性情報のためのプラットフォームであるとすると、やはり定性的な分析の視点は必要になるはず。定性分析の基本的な視点を与えてくれるのが、こちらの本。
フィールドをベースにしたリッチな定性情報の分析を基本にしているので、MROCの情報をこのような視点で分析できるのかという疑問も残りますが、逆に、このような視点での分析が可能な情報を得るにはどうするのか、という視点も与えてくれそうです。
(さらに、MROCに定性的な役割だけを求めるのか、という議論もありそうですが)

質的データ分析法―原理・方法・実践 質的データ分析法―原理・方法・実践
価格:¥ 2,205(税込)
発売日:2008-03-25

 

しかし・・・
先程あげたMROCのポイント、「コミュニティ形成(パネル構成)」「運営」「分析」以外に、重要な構成要素があると考えています。これまで紹介してきた本では、あまり触れられていない要素でもあります。
それは、コミュニティ運営の基礎となる「システム」と、コミュニティ形成の基礎となるであろう「既存の会員組織」です。(これから、まったくゼロベースでコミュニティを形成するのは、かなり難しい選択肢だと思いますので)
これらがベースにあって、リサーチ的な視点からの検討を加えていくことで、日本版MROCが始動するのではないかと思っています。

すでにいくつかの事業会社がオンラインコミュニティを形成し活動を行なっていますし、たしかに、これらのコミュニティも一部MROC的な機能を担っているといえます。
しかし、このようなコミュニティを立ち上げ、運営できる企業は限られています。
であればこそ、ぜひリサーチ会社主導のMROCも求められているのではないかと思うのです。

<関連エントリー>
つぎに、こちら ↓ のエントリーをどうぞ、ほぼ1年後(2011/8)のソーシャルメディアとリサーチの状況を整理しています。

・ソーシャルメディアとリサーチ(2011.8.31)

・リサーチ手法のポジショニング(2011.9.3)

 

『課題解決!マーケティング・リサーチ入門』

課題解決! マーケティング・リサーチ入門 課題解決! マーケティング・リサーチ入門
価格:¥ 2,520(税込)
発売日:2010-08-06

マーケティングリサーチ本の新刊です。
中央大学大学院の田中洋先生が編著、リサーチナレッジ研究会という実務家による研究会が著者となっています。

このリサーチ本、これまでの一般的なリサーチ本とは趣を異にしています。

これまでのリサーチ本は、どちらかというと「リサーチをどのように行なうのか(HOW)」に焦点をあてた本が多かったと思います。サンプリングとか、調査票の作り方とか、集計の仕方とか、統計とか・・・。
しかしこの本は、「何を調べればいいのか(WAHT)」に焦点をあてた本だといえそうです。
(そして、調査設計はできるけど、調査課題を設定したり、何を調べたらいいのかを考えるのは苦手というリサーチャーも少なくないような?。。。)

本書の「はじめに」でも、この本の狙いについて、つぎのように書いてあります。

これまで多くのマーケティング・リサーチに関する書物が出版されてきました。優れた本も少なからず存在します。しかし私が長年感じていた不満は、こうしたマーケティング・リサーチの本の多くがリサーチ手法やデータ解析の解説にとどまっていることでした。
調査票の作り方、グループインタビューの手法、多変量解析の方法・・・、こうした手法を解説した本は数多くあります。しかし、ビジネスパーソンが抱えている問題をリサーチにどのように置き換えて、解決にまで導くのかという問題に答えてくれるような本はあまり見当たりませんでした。(「はじめに」 p.ⅳ)

私が考えたのは、こうした「主人の技術」についての本をまとめることでした。つまり、どのようにマーケティングの問題をマーケティング・リサーチの問題に転化し、さらにリサーチで得られた結果をマーケティング活動に反映していくか、こうしたことを教えてくれるような本のことです。(「はじめに」 p.ⅴ)

このような狙いで書かれていますので、「マーケティング・リサーチ入門」とはいっても、道具としてのリサーチの解説書ではありませんので、この点は注意してください。
しかし、マーケティングの問題が複雑になっているいまという時代には、このような趣旨のリサーチ本こそ必要なのだと思います。

では、どんなマーケティングの問題を扱っているのか。もくじを見てみます。

プロローグ

Ⅰ 既存商品のマネジメント
 1.ブランドの健康診断
 2.ブランドのリポジショニング
 3.ブランドストレッチの検討
 4.既存ブランドの価格再検討

Ⅱ 新商品の開発
 5.ブランド設計のためのマーケティング・リサーチ
 6.生活者の「問題」からのアイデア発見
 7.新商品アイデアの探索
 8.コンセプトの作成と評価
 9.商品の評価と改善点の抽出
 10.最適価格の設定
 11.パッケージデザインの評価
 12.販売量の予測
 13.上市後の追跡調査の実施

Ⅲ 効果的な広告展開
 14.広告戦略の検討
 15.広告の事前評価
 16.広告出稿計画の策定

Ⅳ 魅力的な市場の発見
 17.新市場把握のための調査
 18.既存市場の周辺領域の開発
 19.消費動機の探索
 20.消費者行動の理解促進
 21.海外でのマーケティング・リサーチ

かなり網羅的な内容だと思います。そして、それぞれの章は、

課題 → Q&Aによる概要 → 課題解決ステップ → 
課題解決への調査と解説 → コラム(主要調査手法の紹介)

という構成です。
また、課題解決の具体的な内容では、いわゆるSurvey(実査)を伴わず、パネルデータの分析により課題に迫る、広義でのリサーチステップが紹介されていることにも特徴があります。(たとえば、「4.既存ブランドの価格再検討」では、小売店パネルデータの分析だけで解説されています)

もちろん、ここに紹介されている解決ステップがすべてでも、万能でもありません。しかし、何事も基本的な考え方があっての応用だと思いますので、まずはこの本に書かれている内容を理解しつつ、実際の課題にむかって応用をしていくという態度も必要でしょう。

そして、「プロローグ」に書かれているつぎのセンテンス、リサーチユーザーの方~リサーチを発注し、結果をビジネスに活かす立場の方~には、ぜひ覚えておいていただきたいことです。(少し長い引用になってしまいますが、大切なことですので。著者の皆さん、すいません)

ビジネスパーソンが専門家(注:専門のリサーチ会社のリサーチャー)にリサーチを依頼するときに重要なこと、明確にしなくてはならないことは2つあります。
・誰が、何をするための事実を知りたいのか
・何がわかると自分(たち)はうれしいのか
「誰が」というのは、たとえば「開発部が」なのか、「営業部が」なのか、「広告宣伝部が」なのかといった意味になります。つまり、その調査の背景であり、何のための調査なのかということが大切なのです。「当たり前のこと」だと思うかもしれませんが、これが意外とはっきりしていない、あるいは、はっきりとリサーチャーに伝えられていないというケースがことのほか多いのです。それがわからないと、的確な調査項目を練ることが難しくなります。
また、何がわかるとうれしいのか。これは、調査の本当の目的は何なのかを、突きつめて考えることになります。新しい商品を開発するために、営業部門を説得したいのか、既存商品の広告戦略を強化するために市場の将来を把握したいのかなど、なるべく具体的に調査結果の使い方を考えておくことが重要です。「漠然とした理由で行なう調査」は意外と多いもので、これでは、効果的なマーケティング・リサーチにつながりません。 (「プロローグ」 p.4-5、注はblog筆者加筆)

これはリサーチユーザー向けのメッセージですが、リサーチャーも、ここに触れられている内容(「誰が」と「何が」)を、クライアントにしっかりと確認しなければなりません。常に頭において、リサーチを進めなければなりません。

「マーケティング・リサーチ入門」とありますが、本書のメインターゲットはリサーチユーザーといえそうです。しかし、リサーチャーこそ、読むべき本だとも言えそうです。
リサーチャーが、このような知識をベースに持ち、リサーチユーザーと議論をできることが、マーケティング・リサーチをより有効なものにしていくのです。

PS.
すでに、本書についてコメントをされている先生もいらっしゃいました。
つぎのblog も、あわせて参考にしてください。

Mizono on Marketing (明治大学・水野誠先生)

j-ono.com (明治学院大学・小野譲司先生)

【追記:2010.8.8】
リサーチャーも、twitter でお勧めしてます。

surveyml さん(2010.8.7~8.8)

先ほど amazon から届いた。実用性の高い見事な構成、これは名著の予感

コモデティ化脱出のヒントかも<マーケティングリサーチに関する書物の多くは「従者の技術(servant)」、必要なのは「主人の技術(master)」

田中洋先生、ありがとうございます。クライアントが本書で「解決のステップ」を習得すればするほど、調査会社側はうかうかできなくなるのは確実です


simfarm さん(2010.8.7)

今日アマゾンから届いた『課題解決!マーケティング・リサーチ入門』(田中洋編著/ダイヤモンド社)。うん、これはかなり使えそう。リサーチャー、マーケター、調査関連職は必携かも。

さらに、ダイヤモンド社さんでは、本書の一部(10ページ)を電子ブック形式で見ることができますので、本書の内容を確認できます。

課題解決!マーケティング・リサーチ入門(ダイヤモンド社)