日別アーカイブ: 2009年9月6日

【Ms.H】市場調査の価値を認めてもらおう

林さんからの寄稿です。(このシリーズの背景は、→こちら

今回は、マーケティングリサーチ、市場調査をクライアントに提案し、その価値を認められたエピソード。
リサーチャーへの応援歌でもあります。

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◆プランナーPMさんの悩み
 プランナーであるMさん(以下、PMさん)は、ブランド立ち上げに際し、コンセプトを作ったり、イベントの企画をしたりと、クライアントと生活者の良好な関係を作るための企画提案、サポートを手がけている。彼女は、大手の調査会社から流通系のシンクタンクを経て、今はコンサルタント会社に、という経歴の持ち主。なので、市場調査の結果をマーケティングに有効活用して成功した体験がいくつもある。
 プランニングという仕事は、常に生活者を知っていなければならない。素晴らしい創造があっても、それが生活者の心に響かないと単なる自己満足に終わってしまう。とくに、人も世相も変化している今は、人の心の襞、世の中の空気を読めないとプランナーという仕事は成立しない。
 しかし最近では、提案に際して市場調査の費用を載せることが難しくなってきていると感じている。どうしたら生活者を知るための市場調査を含めた提案ができるのか、このことを試行錯誤中である。

 神戸の高校生がインフルエンザに集団感染したニュースが流れたその日、PMさんから私に、神戸のファッションビルに関する調査の見積り依頼があった。知名度の高いコンセプトショップの神戸出店で、場所も建物も決まっていて、プレス発表も終わっているとのこと。事は順調に進み、そろそろバイヤーが活動しはじめる時期に入って、担当者が「今まで、なんの調査もして来なかったが、生活者データを持っていないのは不味いのではないか」ということで、知り合いのPMさんに打診があったとのことであった。

 PMさんとのやりとりで、この段階では受容性調査でも、需要予測調査でもなく、ましてやコンセプトショップだから、今更ビジョンの構築でもないことを、お互いに確認。となると、神戸のその地区での取り扱い商品やサービス提供等、マーチャンダイジングのヒントを探ることが目的となる。そして、そのキーワードを出せば、クライアントの要望に答えられる筈と、PMさんの調査の視点は絞られた。
 結果、関西地区のターゲツト層対象のインターネット調査と、張り付き調査(エスノグラフィー)、さらに、ある程度のキーワードが出てきた後でそれを検証するグループインタビューの見積りを作って、PMさんに提出した。

◆生の情報をくれたY氏の鋭い観察力
 その時ふっと思いついたのが、定性調査に関心を示し始めた私のクライアント、神戸在住で30代前半、男性のY氏である。ダメもとで、「神戸の街と人を知りたがっているプランナーがいるけど、時間がある時にちょっと様子を教えて欲しい/まずは、その彼女にアドレスを教えていいか」というメールを出した。その時は、ショップ名も場所も明かさなかった。しかし、Y氏の反応は度肝を抜くほど早く、鋭いものだった。

 今度神戸に進出するショップがあることや、どこに出店するかを知っていて、仲間と楽しみにしていること、どんな期待感があるかということ、さらにその地域の人通りの傾向(年齢、性別に加えて、どんな嗜好の人がどの程度歩いている)も克明に知らせてくれた。
 その中で、「神戸の人は、大阪と同じに括られるのを嫌う-大阪の人と一緒にせんといて下さいと反論する」、「某高級ブランドの販売をしている知人が、神戸店の接客単価は大阪店の倍近くあると言っていた」、「神戸はエリアによって客層がクッキリと分かれている、東京に例えると、トアウェスト=裏原宿、居留地=青山骨董通り、磯上・栄町エリア=下北沢」という3つの情報が、私達にピンと響いた。

 クライアントも私達も東京にいて、東京を基準にものごとを考えていることを見通しての文面であり、エスノグラフィーとはこういう視点でものを見るべきということを教えてくれるような内容だった。後に、Y氏は「思いついたことをありのままに伝え過ぎて、精査しなかったことを反省している」というメールをくれた。でも、この段階での彼の役割は思い付きをありのまま伝えることであり、その情報を、理性的とか、普遍的でスクリーニングしてしまうと、大切な気付きが消される危険性が高い。情報の選別はマーケッターやプランナーがやればいい。
 
◆クライアントの気持ちが動いた
 PMさんは、Y氏の好意に甘えて、できる限りオープンデータとつき合わせて課題と仮説を整理、企画書に仕立て上げ、調査見積りと共に、クライアントに企画提案をした。その時に、クライアント担当責任者の、市場調査に対する興味・関心が俄然上った感触を、PMさんは掴んだ。
 私は、あくまでサポートをしただけなので、その後の調査と結果に関しては触れないが、中間報告の段階で、クライアントのメンバーが徐々に調査に関心を示し始めたこと、張り付き調査への同行希望も出たそうである。

◆市場調査の価値が認められた
 実施が全て完了して報告書を仕上げたPMさんは、神戸の人と接しないと絶対にわからなかったことを、クライアントが活用できるような10のキーワードにして、神戸店立ち上げのプロジェクトメンバー全員を前にプレゼンテーションをした。
 その時の参加者の真剣さは、最初のオリエンテーションの時とは比べものにならないほど熱心で、主要メンバーから「この調査、やってよかった」という声が出た。そして次の週に、立ち上げのメンバー全員が神戸の現地調査に出向き、街を歩き、人々を観察し周辺のショップを見て歩くという行動を取り、バイヤー達もこの街でのビジネスへの挑戦の意欲が盛り上った。
 また、PMさんは、Y氏と私に、日本での次の出店の際には、最初から調査予算を取るとの言葉を貰ったと報告してくれた。PMさんの、調査の価値をクライアントに説得したいという願いは叶えられたし、どうしたら市場調査を含めたプランニングの費用が取れるかの答えも少し出た。とくに「大阪の人と一緒にせんといて下さい」という神戸人のリアルな言葉はクライアントの心を動かした。

 プランニングのための調査にお金を払わないのは、市場調査というと「多くの人が〇〇のブランドの買い物をしました。だから、〇〇ブランドを入れましょう」とか、「私達が考えた3案の中でP案の支持が高かったので、P案をコンセプトに採用しました」といった結果の使い方しか想像できないからである。
 また、生活者の生活意識や態度から気付きを得ることの必要性を頭では認めていても、そのアィディアを突き詰めて、ビジョンやコンセプトに展開するよりも先に、もの作りや売りに走る傾向があり、調査データが有効活用できないからでもある。「急がば回れ」は、頭では分かっていても、実行に移すのは難しい。
 今回は休日にカフェで街の人達の写真撮影までしてくれた観察眼の鋭いY氏からの情報を取っ掛かりとして、PMさんの企画提案でクライアントを引き付けたことの成功例であり、謝礼は勿論のこと、お茶もアルコールも食事もご馳走していないY氏と、それを仮説として、課題をしっかり立てたPMさんの力量に起因している。
 Y氏ほどの鋭い情報を寄せてくれる人は少ないが、インターネット、知人、街等々、予備情報の収集先は山ほどあり、それによる課題と仮説の構築はクライアントに調査の必要性を伝えるために、必ず役に立つことを証明してくれたケースとして、私は是非ともここで紹介したいと思った。

◆リサーチャーも企画段階での提案力を磨こう
 リサーチャーも、クライアントが発注するひとつの調査を最大限に活用してもらうための企画提案にもっと力を注いで欲しい。エビデンス主目的の市場調査でも、その気で向かえば、生活者を知ることができる。エビデンスも得られて、生活者も知って、それが刺激となって送り手に気付きがあれば、一挙両得である。とにかく調査をしないと周囲が納得しないというオーダーでも、視点を変えれば生活者の真意を知る調査データになる。

 今まさに世相も人も変り行く時代に突入した。
 データを集めて整理して、過去に比較して良かったの悪かったのを見るだけでは、人や世相の変化に乗り遅れる。リサーチャーもテーマに即した、調査企画提案、実施、分析をフレキシブルに考えて、提案していく力をつけて行かなければならない。

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【owl のつぶやき】

今回のテーマである、調査企画書。
実は、本来の「企画書」を書いているリサーチャーは少ないのでは?、と思っています。
その多くは、調査仕様書あるいは設計書、ではないでしょうか。
クライアントのオリエンを、そのまま整理しただけの内容。調査の目的も、課題も、クライアントが言ったままを、そのまま書いているだけ。確かに、具体的な実査の方法は考えている(?)わけだから、それでも企画書といっていいとは思いますが。。。

本来の調査企画とは、林さんのストーリーにあるように、テーマの周辺情報を自分でも集め、整理し、考え、ある程度の仮説をもちつつ、クライアントがほんとうに必要とするアウトプットを想定し、そのための調査の道筋と内容(いわゆる設計)を決めていくことではないでしょうか。そして、この調査をすることで、こんなアウトプットが得られ、このように活用できる、だからこの調査が必要だ、ということを提案することだと思っています。
(そして、この企画のために必要なのは、やはり「現場観 and/or 感 and/or 勘」。まさに、“事件は会議室で起きているんじゃない。現場で起きているんだ!(by踊る大捜査線)”ですね)

林さんのメッセージから、単にクライアントの言うことに忠実であるだけのデータ・サプライヤーになっていないか、それだけではリサーチャーの価値や仕事はシュリンクしていくのではないか、ということが問いかけられていると感じました。

(とはいえ、提案を嫌う人もいるし、正確な(ときには、正確でなくても)データさえ提供してくれればいい、という人がいることも、また一方の真実なのですが・・・)