日別アーカイブ: 2012-08-21

「生活者の背景や文脈を理解する」(補遺)

このblogで紹介するのが遅くなりましたが、4月から「市場調査クリニック(Collexia)」にてインタビュー記事を掲載してもらっています。
これまで3回掲載し、それぞれつぎのような内容になっています。

「変化するリサーチ業界と、変わらないリサーチの基本(前編)」
「変化するリサーチ業界と、変わらないリサーチの基本(後編)」
「回答者の背景を理解する(前編)~改めて回答者の背景を理解しなければいけない理由~」

そして、4回目となる今回のエントリーがこのblogでの表題でもある

「回答者の背景を理解する(後編)~生活者の背景や文脈そのものを理解する」

です。今回のエントリーは、この「生活者の背景や文脈を理解する」の補遺となる内容です。
この考えに示唆を与えてくれた本を紹介しておこうと思います。
(ですので、まずは「市場調査クリニック」でのエントリーを読んでから、こちらに戻ってきてもらえればと思います)

◆『イノベ-ションへの解』

まずは、「イノベーションのジレンマ」でも著名なクリステンセン、彼の本でもコト(「用事」と書かれています)の重要性は指摘されています。
多くの人は『イノベーションのジレンマ』を読んでいると思いますが、個人的には、こちらの著書のほうが、お勧めです。(リサーチの視点では、とくに3章)

イノベーションへの解 利益ある成長に向けて (Harvard business school press) イノベーションへの解 利益ある成長に向けて (Harvard business school press)
価格:¥ 2,100(税込)
発売日:2003-12-13

ここで紹介されているミルクシェーキの話は、ご存知の方も多いかもしれませんが、核心なので少し紹介しておきます。

あるクイックサービス型レストランチェーンの担当者がミルクシェーキの売上と利益の改善を図るために行なったこと、それは市場を商品=ミルクシェーキによって体系化し、既存顧客の属性を元に細分化し、ぞれぞれの属性のパネルを招集して顧客の求めるミルクシェーキを検討することでした。しかし、この結果に基づいた改良は売上や利益を大きく伸ばすことはありませんでした。
つぎに行なったのは、ミルクシェーキの購入者を子細に観察すること、そしてどんな用事を片付けるためにミルクシェーキを購入したのか、その用事のために代替となる商品は何か、ということを明らかにすることでした。さらに朝と夜との違いも明確にしました。用事に焦点を当てているので、時間による用事の違いも重要なポイントです。
「片付けるべき用事」に焦点を当て、この用事を片付けるイノベーションを実行に移せば、成功するだろうとしています。(pp.91–98)

このように、顧客が片付けようとしている「用事」を突き止めることこそが、破壊的イノベーションのための足がかりになると結論づけています。クリステンセンのこの主張も、「生活者の背景や文脈を理解することの大切さ」を確信するに至る大きな契機となりました。
(ただし、一方で「これまで述べてきたことは、多くの点で目新しいことではないし、目新しいと取られては困る」(p.109)と主張している点にも、注意をしておきたいです。そこには、4つの抵抗要因があると指摘しているのですが、いずれもなるほどと思わせる内容です。つまりは、4つの抵抗要因をクリアしないと、どうしても商品軸の定量的な分析をせざるを得ないということにもなります。詳しくは、本書で確認してください)

◆『ビジネスのためのデザイン思考』

「生活者の背景や文脈を理解する」という考え方に最も影響を与えたのは、大学院時代にデザイン思考に出会ったことでした。とくに、ビビビっときた(古いですね^^;)図があるのですが、その図が掲載されているのが本書です。(私が見たのは、この本になる前の授業でですが・・・)

ビジネスのためのデザイン思考 ビジネスのためのデザイン思考
価格:¥ 2,100(税込)
発売日:2010-12-01

この本の中では、つぎのように記述されています。

コモディティに付加価値を載せるという製造業のモデルではなく、顧客にとっての本質的価値を起点として、顧客との対話を通じて、コトや経験、「世界」を生み出し、それに沿って技術やモノ、知識を関係付けていくことです。(p.56)

そして、ビビビっときた図もこの本の中にあるのですが、そちらは読んで確認してください。

この図を見た時に、つぎのような解釈をしました。
以前の“モノづくり”は、モノにコトの知やデザインを施すことが“付加価値”であり、そのことで差別性を築いてきたのでしょう。だからモノはどんどん多機能化することになったのではないかとも思います。
つぎに、コトの知のみでの差別性が難しくなり、記号性をまとうことで“付加価値”を与える時代が来ました。『なんとなくクリスタル』(これまた古い^^;)の世界です。本質的な差異はなく、モノのもつ記号性自体が差別性となり、意味を持ちました。
しかし、記号による差別性にも限界が来ます。ほとんど差別性のない商品が世の中に溢れるようになります。この段階において求められるのが、顧客にとっての本質的な価値を起点に、顧客の生活、体験、コトという次元での新たな世界を生み出すことです。これこそが差別性の源泉となります。本質的な価値を起点とした生活、体験、コトにシーズや技術、つまりモノの知を埋め込む、という発想が必要になるのだと思います。

この理解が、「生活者の背景や文脈を理解する」ということにダイレクトに結びつきました。
本書では、あわせて背景や文脈を理解する手法(エスノグラフィ)や、そこから具体的にデザインを行う方法論まで紹介されていますので、デザイン思考に興味をもった方は、本書を読んでみてください。

◆『デザイン思考が世界を変える』

少し前後しますが、デザイン思考に最初に触れたのは、おなじみ『発想する会社!』です。
こちら のエントリーでも少し紹介しています。

いまはもう少し整理された、こちら ↓ の本の方がよいかもしれません。

デザイン思考が世界を変える―イノベーションを導く新しい考え方 (ハヤカワ新書juice) デザイン思考が世界を変える―イノベーションを導く新しい考え方 (ハヤカワ新書juice)
価格:¥ 1,365(税込)
発売日:2010-04

この本では、それこそ「リサーチは役にたたない」的なフレーズも多々なのですが。。。
たとえば、

「顧客に何が欲しいかと尋ねたら、もっと早い馬が欲しいという答えが返ってきただろう」と述べたヘンリー・フォードは、この点を理解していたのだ。(p.55)

そういった(=創造的な)アイデアやコンセプトは、専門のコンサルタントを雇ったり、「統計学的に平均的な」人々にアンケートを行ったりすることで生み出されるものではない。(p.57)

ただし、これらについても「従来のリサーチ」と断っていますし、「漸進的な改良には役立つ」とも書いています。つまり、目的と手段の関係性の中で、「創造的な」課題にとっては直接生活者に答えを求め、平均で物語るような手法は役立たたない、ということです。この点は、くれぐれも誤解なきようにしていただきたいと思う点です。

そして「市場調査クリニック」の今回の記事で後段に書いている、リサーチャーとクライアントのコラボレーションは、やはりデザイン思考(というか、方法論?)に学んだものでもあります。本書や、『発想する会社』を読むと、ディスカッションがいかに重要かがわかると思います。
また、JMRX(詳しくは こちらに)でのインサイトやエスノグラフィなどに関わるいくつかのセミナーでは、必ずといって良いほどアウトプットとしてのワークショップの重要性を指摘していました。最初にデザイン思考について触れていたので、創造的なリサーチにはワークショップは欠かせないのではないかという仮説を持っていたのですが、はたしてリサーチを提供する会社でこの形が可能なのかという疑問もありました。しかし、JMRXでのセミナーにおいて、やはり先進的な取り組みをされている企業さんではワークショップという形をとっていることがわかり、リサーチャーとクライアントのコラボレーションは重要なファンクションであると確信するに至りました。

他にもいろいろあるのですが、以上を代表的な3冊として紹介しておきます。
「生活者の背景や文脈を理解する」ことの意味と重要性について、さらに理解をしたいと思われた方は、これらの本もあわせて読んでいただければと思います。

最後に。
「市場調査クリニック」でも書いていますし、このエントリーでも触れましたが、従来の商品中心の検証型のリサーチが無意味だとは言っていないということは、理解しておいてください。
今でも、そしてこれからも、検証型のリサーチが不要になることはないと思いますし、重要な役割を担います。
しかし、よりイノベーティブな商品開発が求められている時代においては、創造的なリサーチが必要になるだろうし、そのためにはこれまでのリサーチとは異なる、「生活者の背景や文脈を理解する」という視点や姿勢が大切になるし、そのための方法論も異なってくるのではないですか、という提案であり、問いかけでもあります。
この点を前提としていただければと思います。