月別アーカイブ: 2010年1月

【Mrs.H】行動観察

久しぶりに、林さんに寄稿いただきました。
テーマは、「行動観察」についてです。

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 社団法人日本マーケティングリサーチ協会の機関紙『Marketing Reseacher 110号』の特集は、今、脚光を浴びている行動観察であり、各分野の経験者の方が具体例とその成果をあげている。中でも、TOTO株式会社の江藤祐子さんのお書きになった、UD(ユニバーサル・デザイン)サイクルの実例は興味深い。行動観察を商品開発に有効活用している実例が分かりやすく紹介されている。
 また過去の『Marketing Reseacher 101号』では、松下電器産業(現パナソニック)のユーザビリティ実践チームの水谷美香さんが、機器の操作性に関するユーザーの観察調査の例を紹介されていて、メーカーの方達が商品開発の段階で行動観察手法に積極的に取り組んでいらっしゃることが、如実にわかる。

 大手のトイレタリーメーカーでは、本社内に洗面台やシャワールームが備えてあり、生活者を招いて、洗髪や髪の手入れ、洗顔、スキンケアをしてもらう。その行動を観察したり、インタビューすることが日常的に行われ、商品開発の全てのステップで、この機能が活用されている。家電、食品メーカー等々、研究開発部門の担当者が生活者を知るために、行動観察調査を有効活用している。
 商品開発の初期の段階で、生活者ニーズを探すためにシニアの家庭に訪問して、行動観察やインタビューをし、さらにお買いものに同行する調査をさせていただいたことがある。その時担当だった研究開発の女性は、「いつも、あの時の対象者の方の立場に立ってものを考えている」と言って下さった。また、大手の流通のシンクタンクに入社した新人マーケッターは、オーナーの指導で、毎朝、ターミナル駅で生活者を観察し、そこでの気づきをレポートにすることを繰り返したという話を聞いたことがある。彼女は今、広告代理店のアカウントプランナーとして活躍している。

 マーケティングリサーチ業界では、「今こそ行動観察」だと、あたかも新しい手法のように言っているが、行動観察は市場調査の原点であり、アンケートやインタビュー法は、行動観察だけでは分からないことを解明するために導入された調査手法だと私は解釈していた。
 過去と比較すると、得られた情報のデータ化、分析の処理スピードや精度は上がっている。また、システムも整備され、行動観察を調査の中に取り入れやすくなったのは確かである。何でもアンケートやインタビユーで生活者に聞いて答えを出そうとしていたことがそもそも片手落ちで、今、日本のリサーチ業界でも、行動観察が見直されたことは、リサーチャーのはしくれとして大賛成である。
 携帯電話が普及する以前の調査で、「1週間にその家でかけた電話の本数」を思い出させた結果と、実際にかけた数には大きな差異があった。旦那が内緒で、子供が深夜にこっそり長電話をするような行為を差し引いても、実際にカウントした数の方が多かった。生活者が嘘をついているというのは被害妄想以外の何物でもなく、実際に人の記憶なんてそんなものである。誤解がないように言っておくが、だから、アンケートやインタビュー調査はあてにならない、行動観察こそ真実だと言うことではない。そもそも、その手法の特性を生かした使い分けが必要であり、新手法が全てを解決してくれるという妄想は抱かない方がいい。

 面接方式のインタビュー調査では、その場の生活者の態度、表情、そして語調も分析の対象であり、インタビュアーも分析者も、音として発せられる言葉以外の反応も重視している。冷静な観察者であることは、インタビュアーや分析者の役割のひとつであり、グループインタビューをバックで観察していたマーケッターが対象者のちょっとした仕種を見逃さなかったことで、パッケージ機能の些細でありながら重大な問題点を発見し、発売前に解決したケースもある。
 「Marketing Reseacher 110号」の中の、TOTOの内藤さんの項のタイトルは、観察者の「気づき」に着目したモノづくりである。また、同号の「観察工学の製品開発への展開」で和歌山大学の山岡先生は、行動観察をする人のセンスという言葉を使っていらっしゃる。気づきもセンスも人間がしなければならない。特に定性的観点での観察調査はそれを生かすも殺すも、リサーチャーやマーケッターの力量に掛っているということではないだろうか。

 ここが、一番難しい。                               

                                                 林美和子

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今回も、林さんのおっしゃる内容に、かなり同意です。
どんな手法も、「魔法の杖」でも「打出の小槌」でもありません。それぞれにメリットとデメリットがあり、その特質を理解した上で使うからこそ、意味があるのです。そして、「使う人」次第でもあります。
結局は、「リサーチのテーマと目的」に沿った手法を、しかるべきが人が実施しないと、どんな手法であっても効果を発揮することはできないのです。

少し視点が変わるかもしれませんが、日頃感じていることを・・・。
日本人の特質なのかどうかわかりませんが、経営手法などにしても、とかくその時に"流行っている"(としか言いようがないと思うのですけど)手法に、誰もがわっと飛びついてしまう傾向があるように思います。少し前では、「成果主義」などは、その典型でしょう。
どんな手法にも、メリット、デメリットがありますし、その背景を十分理解せずに行うと、「百害あって一利なし」だと思います。(このblogでも、いろいろ新しい動向を紹介していますが、実はこの点は、いつも気になっていました)
ですから、どんな手法でも「いまの流行はこれ」といって、その上辺だけをまねすることなく、しっかりと背景と内容を理解した上で、実施してほしいと思っています。

ということで、林さんの寄稿「行動観察」に関連して紹介しておきたい資料をいくつか。

まず、『マーケティング・リサーチャー』誌。
これは、社団法人マーケティング・リサーチ協会(JMRA)が発行している機関誌です。ここ数年、意欲的なテーマもありますし、リサーチに携わる方は読むべき雑誌だと思います。
(JMRA会員社には必ず本誌があるはずです、なかなか社内を回らないかもしれないですけど。。。見たことがない方は、総務あたりに聞いてみては?)

今回のテーマである110号のもくじは、こちら ↓ 。

『マーケティング・リサーチャー110号
 特集:なぜ、生活者が見えにくいのか ―今、脚光を浴びる行動観察』
(JMRA HP)

このページの下に、バックナンバーの案内もありますので、あわせてどうぞ。
ちなみに、林さん紹介の101号のもくじはこちら ↓ 。

『マーケティング・リサーチャー101号
 特集:言葉を介さない調査の最前線-なぜ「言葉を介さない調査」なのか?』
(JMRA HP)

(そういえば、『マーケティング・リサーチャー』の記事が、日経テレコンで検索ができるようになったはずです。記事単位での購入ができると思いますので、こちらでもどうぞ)

そして、今号で特集の総論を執筆されている山岡先生の本は、こちら ↓ 。
特集を読んで興味をもたれた方は、こちらもあわせて読んでみては?

ヒット商品を生む 観察工学 -これからのSE,開発・企画者へ- ヒット商品を生む 観察工学 -これからのSE,開発・企画者へ-
価格:¥ 2,940(税込)
発売日:2008-06-10

『イノベーションを興す』

イノベーションを興す イノベーションを興す
価格:¥ 1,785(税込)
発売日:2009-12-17

この本の著者は、『経営戦略の論理』の伊丹敬之先生。
伊丹先生は、一橋大から東京理科大のMOT社会人大学院へ移られたのですが、そこでの研究テーマについて、現在の自分なりの枠組み(「海図」と言っています)をまとめたのが本書です。
したがって、研究結果をまとめた本ではない、つまり理論が整理された本ではないという点には留意ください。「いまの時点で先生が捉えているイノベーションについての考え方をまとめた本」、になります(もともと、新書として書こうとしていた内容のようです)。

もくじを示すと、ほぼ本書の内容はおわかりいただけると思います。

序章 イノベーションプロセスとは

第Ⅰ部 筋のいい技術を育てる
第1章 筋のいいテーマを嗅ぎ分ける
第2章 偶然を必然が捕まえる
第3章 技術が自走できる組織

第Ⅱ部 市場への出口を作る
第4章 顧客インの技術アウト
第5章 外なる障壁、内なる抵抗
第6章 死の谷とダーウインの海を活かす組織

第Ⅲ部 社会を動かす
第7章 コンセプトドリブンイノベーション
第8章 ビジネスモデルドリブンイノベーション
第9章 デザインドリブンイノベーション

第Ⅳ章 イノベーションの発生メカニズム
第10章 イノベーションの不均衡ダイナミズム
第11章 組織は蓄積し、市場は利用する
第12章 アメリカ型イノベーションの幻想

終章 イノベーターたち

この本でのイノベーションの定義は、

技術革新の結果として新しい製品やサービスを作り出すことによって人間の社会生活を大きく変革すること(本書 p.2)

としています。つまり、よくいわれる「技術革新」だけではない、ということです。
そこで、イノベーションのプロセスとしてあげているのが、

1.筋のいい技術を育てる
2.市場への出口を作る
3.社会を動かす

という三段階のプロセスであり、「三つの段階が積み重なってはじめて、人々に感動を与えられるようなイノベーションが生まれる」(本書 p.9)としています。
すでにお判りのように、もくじの各部がこの3つのプロセスになっていて、各部は具体的な内容を綴ったものです。

リサーチを考える上で参考になるのが、第4章。
イノベーションの第2段階である「市場への出口を作る」人のもつべきスタンスが、「顧客イン、技術アウト」であるとして、つぎのように説明しています。

マーケットインではなく、顧客イン。プロダクトアウトではなく、技術アウト。しかも、本体部分が技術アウトで、その修飾句として顧客インがついている。(本書 p.73)

なにやら禅問答のような文章ですが、以降の本文を読むと理解できると思います。(さすがに、ここで引用することは控えさせていただきます。長い引用になってしまいますし・・・)
マーケットイン、顧客イン、プロダクトアウト、技術アウトの4つの単語の意味を取り違えないことが重要になってきます。

論文でも、理論書でもないので、とても読みやすい文章です(最初は、新書を想定したものですし)。とはいえ、もちろんハウツー書でもありません。
「イノベーションのあり方」といったような本質?について考えたい、学びたいという方は、本書を手に取ってみてください。思考の整理になったり、新たな気づきを得ることができるかもしれません。

(もうしばらく、本の紹介が続きそうです。どこかで、一気に在庫処分してしまおうかとも思っていますが・・・。正直、みなさんも飽きてきましたよね^^;)

『売り方は類人猿が知っている』

売り方は類人猿が知っている(日経プレミアシリーズ) 売り方は類人猿が知っている(日経プレミアシリーズ)
価格:¥ 893(税込)
発売日:2009-12-09

(もう少し、本紹介をメインに投稿していきます。当初、紹介しようと思っていた以外の本がどんどん増えているのですが・・・)

この本の著者は、ルディー和子さん。私にとってこの方は、著者買いをするお一人です^^;
年末年始帰省の車上で一気に読みきりましたが、やはりおもしろかった。この方の視点や、その視点を理解させる事例の取り上げ方にはいつも関心させられます。
(ここで、ひとつ注意。ルディーさんの視点は、誰もが共感できるものではないかもしれません。とくに、リサーチ業界に多いかもしれないデータ主義、実証主義系の方々には・・・)

今回のテーマは、「進化心理学」。
これまで、このblogでも「行動経済学」や「ニューロマーケティング」、「脳科学」については、何度か取り上げてきましたが、また新しい領域ですね・・・。

ルディーさんによると、1990年代に「神経科学」と「行動経済学」が大きな進化を遂げたのですが、モノを選択して購買するときの「ちぐはぐ」や「ちゃらんぽらん」を説明できるのは、1970年代に登場した「進化心理学」だというのです(本書 pp.3-4)。
そして、

数十万年から数百万年という太古の昔に遡って、私たちの祖先がしたことや学んだこと、環境の変化に脳の仕組みが適応してきた歴史を知れば、現代の不可思議な消費行動が明らかになります。モノを売る売り手がどう対処すべきかの解決方法も見えてきます。(本書 p.4)

と。

さて、ではどのような内容か。いつものように、もくじを紹介します。

第1章 不安なホモサピエンスはモノを買わない
第2章 人間もサルも「得る」よりも「失う」を重く考える
第3章 金持ち父さんは貧乏父さんがとても気になる
第4章 自動車の売上と孔雀の羽との関係
第5章 感情と記憶が長寿ブランドをつくる
第6章 人間も進化の歴史から逃れられない

進化心理学の理論(というか、私たちの祖先がどのような生活をし、どのように進化してきたのか、ということがメインですけど)を紹介しつつ、いまの消費社会やマーケティングについて読み解いていくという内容です。

中でも、本書の大きなテーマになっていると思われるのが、「低価格が、ほんとうに消費や経済を活性化させることができるのか」ということについてです。結論を書いてしまうと、「否」なんですけど。
私個人としても、いまの「低価格でないと、モノが売れない」というような風潮?、路線?はどうなんだろうと思っていたところなので、ルディーさんの主張には納得。(とくに、お金持ちにはもっと消費してもらわないと、という点は同意)
そして先にも引用したように、いまの消費状況を脱却するためには、進化心理学をベースとしてカスタマー・インサイトを得ることが必要だということになるのです。

小見出しから、キーワードと思えるものをほんのいくつか紹介すると、

    • 最初に生まれた感情は「恐れ」
    • キーワードは「安心」
    • 金持ちに買い控えさせる罪悪感
    • 他人と協力すると快感を感じる
    • 購買を正当化させてあげる
    • 記憶は事実とは異なる
    • 商いは飽きないに通じる
    • ソーシャルメディアが再現する「村の生活」

などなどです。

ルディーさんも「楽しく面白く読んでいただけることが、筆者の一番の願いです」(p.4)と書いているように、新書ですし、気軽に、面白く読める本だと思います。(正月明けのアタマを、自然に仕事モードにもって行くことができるかもしれませんし。。。)
いまの消費状況や、マーケティングに行き詰まりを感じている方は、ぜひ読んでみてください。こんな見方もあるんだと思える内容だと思います。
(とはいえ、決していい加減な内容の本ではないです。しっかり参考文献一覧も載っていますので、進化心理学に興味を持った方は、こちらの文献一覧からさらに勉強することもできると思います。ただし、ほとんどが英語の文献なんですけど・・・)

そして・・・
こういう本を読むと、経営学や商学といった社会科学だけでなく、社会学や心理学、さらには哲学や思想といった人文科学系の勉強をしないと、マーケティングはやっていけない時代に一層なったんだな、と思います。。。

PS.

ルディーさんご自身による本書の紹介が、こちらに ↓ 。
(本書を読んで興味を持った方は、他のエントリーも読んでみてください。新たな気づきを得られるかもしれませんよ)

「売り方は類人猿が知っている(お知らせ)」
(ルディ和子さんのblog『明日のマーケティング』2009/12/2)

それと、以前にこのblogで取り上げた、こちら ↓ のエントリーもどうぞ。

『マーケティングは消費者に勝てるか?』(2006/12/2)