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【Ms.H】『ヒットの神様』~内田耀一氏を偲んで

ヒットの神様―伝説のマーケッターに学ぶ、不況に勝つ知恵 ヒットの神様―伝説のマーケッターに学ぶ、不況に勝つ知恵
価格:¥ 1,260(税込)
発売日:2009-06

『ヒットの神様』への林さんの寄稿です。
(本書の紹介は、こちらに

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 私が市場調査の仕事を始めたきっかけとなった当時のボスであった故U氏は、広告代理店の萬年社出身で、内田さんの部下であったと聞いていた。その後、グループインタビューの実務を教えて下さった当時フリーのインタビュアーであったO氏も、萬年社出身で内田さんを師と仰いでいた。つまり、私のインタビュアーとしての原点は、内田さんの存在にあったのだと、この本を読んで改めて気が付いた。
 定性調査に関心のある人たちの任意の勉強会であるグループインタビュー研究会でも、内田さんは重鎮として参加されていて、私達は定性調査の考え方や技術に関する生のお話を伺ったし、1985年にグループインタビュー研究会のメンバーで共同執筆した「グループインタビュー実践マニュアル」-日本能率協会-の出版委員会にも同席させていただき、いつも興味深いお話を伺っていた。
 その会はグループインタビューの本質論だけでなく、対象者へのお弁当を何にするかといった実務に関する議論もあり、「お寿司をはじめとする生ものは、万が一のことがあるからグループインタビューの対象者に出すべきではない」という内田さんの言葉で、そういう配慮も必要だということを教えられた。

 内田さんがASIマーケットリサーチを辞められてフリーリサーチャーになられてからは、グループインタビュー(内田さんは、デイスカッションという名に拘られている)のお手伝いをさせていただいたこともある。
 内田さんのインタビューは、対象者の自発的な会話を誘発して、とにかく耳を傾ける、適宜プローブして言葉の意味を深めることを徹底されていて、質問を浴びせかけるというようなことは一切されていなかった。質問をして出てくる表層的な言葉よりも、その奥にある潜在意識(ホンネ=自分でも気付いていないが確かにある気持ち)の抽出が大事であり、そこからの気付きを次の発想に繋げるための、本来のグループインタビューの形に拘っていらした。
 内田さんのインタビューは、テーマに入る前の背景(General Discussion)に1時間ほどを費やす。実はこの背景情報の中に、課題に関する重要なヒントがあり、耳で聴きながら、そこをばっちり掴んでいて、テーマインタビューの際にきちんとそれを昇華してプローブしていく。インタビュアー(内田さんは、モデレーターと言っている)が話を聞き→聴く→気付く→発想する→創造するために、こういう手法が必要不可欠なのである。
 本書の中に「グループディスカッション」という呼び名に拘られたと書いてある。対象者の相互刺激を活用して、自由に自発的に出る会話にこそ、潜在意識が飛び出すという考え方であり、だからこそインタビューよりもディスカッションが相応しいというお考えなのだと思う。
 この呼び方への拘りはグループだろうが、1人だろうが、フロー通りに質問していくだけというやり方で、真意に迫ることなく言葉を取って満足するインタビュー方法に対する、彼の抵抗とも受け取れる。(私もディスカッションを重視しているが、グループインタビューと呼んでいる)

 内田さんは、心理学の学者であり、学問と体験によって観察、洞察力を磨きあげたリサーチャーの先駆者と思っていた。しかし、この本の題にもあるように、想像⇒創造に繋げるマーケッターとしての才能もあり、調査結果をマーケッターやプランナーに的確に翻訳(直訳ではない)するという役割も担っていられた。その例が本書の中にいくつも挙げられている。
 新しい試みを提案した時に、クライアントの上の方が「やってみましょう」と決断されたという実例があるが、これはクライアントと内田さんとの間に信頼関係ができていたことに起因している。クライアントから調査の打診をされたら、内田さんは綿密な情報収集をして、それを考察して、目的を整理して、課題と仮説、手法、対象者の条件を提案する。それが採用されると、今までに体験したことがないことであっても、様々な工夫をして、実行する。そして、手書きや手集計があたり前の時代に、クライアントの目的を達成するために、インタビューも分析も人ができる限りの労力と知恵を使って最大限の努力をする。クライアントと生活者の双方の利益を追求するための誠意が、それらの行動に表れている。
 内田さんとクライアントは、お互いに活発に意見を交換して、相手を受け入れるという対等なパートナー関係を築いている。そこには、対象者に伝わらないような質問でも、クライアントの指示だからといってそのまま受け入れるような、今のリサーチャーにありがちな「忠実」とは異なった、「誠実」な関係が見える。誠実と忠実はイコールではない。

 もうひとつ、内田さんがクライアントと生活者の気持ちの上での接点を探すために、常にアクティブに行動していることに驚かされた。女性の下着売り場、幼稚園での観察例は、今流行のエスノグラフィーの原点であるが、洗剤を洗濯板を使って洗ってみる、銀座のクラブに行ってみる、メーカーの研究所に行ってみるなど、とにかく行動することの全てが発想のヒントになる、という考え方を実践されていたことが伺える。本著の中にある「自分で考えてヒントが浮かばなかったら、現場を観察する」という姿勢をリサーチャーは決して忘れてはいけない。
 最近でこそ脳科学が注目されているが、内田さんは1963年から嘘発見器やアイカメラを使っての調査を取り入れられていて、生活者を知るための創意工夫への惜しみない努力に敬服する。人間でありながら、人間を解明するのは簡単ではない。いまでも、いろいろな角度から試行錯誤が行われているが、どんなソフトを使っても、人間の近未来の志向が容易に明らかになることはない。様々なデータを、人間がいろんな角度で読み込んで、発見して、想像⇒創造という知恵を絞ってはじめて、真実に近いものが見えてくる。

 内田さんが大病されたというお話はご本人からも聞いていて、それが大原麗子さんと同じギランバレー症だったというのを、この本で知った。その病から見事に復活された後にお目にかかる機会があり、壮絶な病との闘いのお話を伺った。その後、赤坂見附の駅ですれ違ったことがあり、お痩せになられていたが、スタンドカラーのブルーストライプのシャツとブレザーの相変わらずのダンディなファションが脳裏に焼き付いている。それが、お姿を見た最後だった。
 改めて、内田さんのご冥福を祈ると共に、遅ればせながら厚く御礼を申し上げたい。

                                               林美和子

『ヒットの神様』

ヒットの神様―伝説のマーケッターに学ぶ、不況に勝つ知恵 ヒットの神様―伝説のマーケッターに学ぶ、不況に勝つ知恵
価格:¥ 1,260(税込)
発売日:2009-06

以前、萬さんからもコメントで紹介されていた本書、遅ればせながら、やっと紹介です。
(出版社は幻冬舎です。ビジネス書ではちょっと珍しい出版社なので、本屋さんによっては置いてるコーナーがビジネスでないかも? レシート上の分類も「文学評論・エッセイ」となってますし・・・)

「はじめに」で、「日本のマーケティングの基礎をつくった、無名の偉人」と銘打って紹介されていますが、ありていに言えば内田耀一さんという方の業績を綴った本です。
紹介されている時代も、1963年(昭和38年)から1973年(昭和48年)にかけての商品。

しかし・・・
ここに書かれていることは、いま読んでも決して古くないのではないか?、そんな気がします。
マーケティング・リサーチ(とくに定性的な手法)がまだ確立していなかったころ、内田さんが、どのような問題に直面し、どのようなことを考え、どのような段階を踏み、どのようなリサーチを行なったのか?。。。ここに書かれていることは、マーケティング・リサーチの基本であると思います。

では、主要なもくじとそこで紹介されている商品の一部を。

第1章 1963(昭和38)年~
「マーケティング」という言葉がなかった時代の商品開発
~シッカロール、ハイクラウン、バッカス、プロ野球中継、ジャルパック

第2章 1965(昭和40)年~
ベビーブーマーの受験戦争とサザエさん、カップラーメン登場
~ブルーワンダフル、インスタントラーメン、サザエさん番組放映、レミーマルタン

第3章 1970(昭和45)年~
豊かさへの道を歩む日本と商品コンセプト概念の確立
~ジャックダニエル、コーラック、マキロン、レディボーデン、東京ディズニーランド、ヴィックスヴェポラップ

こうやって商品を見ると、確かに古いかもしれませんが、聞いたことのある商品やいまも残っている商品であることに気づかされます。(こちらが、歳だから?・・・)

そして個人的に、この本の中で一番「はっ」としたのは、そして一番納得したのは、内田さんの「グループ・ディスカッション」という呼び方へのこだわり。いまでは、「グループ・インタビュー」と言うことがほとんどですが、内田さんはあくまで「グループ・ディスカッション」ということにこだわったといいます。
それは、

思ったままを自由に話してもらうディスカッションであって、質問に答えてもらうインタビューではない。(p.18)

からです。これは、とても重要な指摘ではないかと思います。

さらに、

  • 「シークエンス・スタディ」という方法への言及
  • 個人の面接調査法には2種類あることへの言及
  • ジェネラル・ディスカッションとフォーカス・ディスカッションへの言及

など、いまでは、かなりあいまいになっていることについての言及がみられ、この点でも勉強になります。

そして、この本からもっとも学んで欲しいのは、内田さんの調査目的と調査対象者へのこだわりと、「現場」をとても大切にされていることです。マーケティング・リサーチの基本中の基本であり、一方で、いまではかなりおろそかにされていると感じている点です。
そして、この内田さんの調査目的、調査対象、現場へのこだわりが、数々のヒット商品を生み出したポイントではないかと思います。

マーケティング・リサーチに携わる方、とくに若手のリサーチャーやマーケターの方には、ぜひ読んでほしい本です。

◆関連して

<その1>
内田さんが、「グループ・ディスカッション」というタイトルにこだわった本は、こちら↓ の本です。2005年に、日本能率協会総合研究所から発行されています。

グループ・ディスカッション調査マニュアル
価格:¥ 39,900(税込)
発売日:2005-12-15

価格が価格なので個人で購入するのは厳しいですが、会社で一冊どうでしょう?

<その2>
林さんにも本書について寄稿していただきました。
つぎのエントリーで、ご紹介します。(→こちら

<その3>
関連本というわけではないのですが、本書とテイストが似ている本をあわせて紹介しておきます。こちらも、マーケティングではその名を知られている、日本コカ・コーラ会長(前社長)の魚谷氏の著書で、日本コカ・コーラでのさまざまな活動が綴られています。
やはり若手のリサーチャーやマーケターに読んでもらいたい本です。マーケティングとは何かがわかると
同時に、仕事の厳しさも感じてもらえる本になっていると思います。

こころを動かすマーケティング―コカ・コーラのブランド価値はこうしてつくられる こころを動かすマーケティング―コカ・コーラのブランド価値はこうしてつくられる
価格:¥ 1,575(税込)
発売日:2009-08-07

もくじを紹介しておきます。

序章 予想もしなかった日本コカ・コーラへの入社
第1章 コカ・コーラのマーケティングシステム
第2章 原点は人に喜んでもらうこと
第3章 顧客は見えているか
第4章 現場に足を運んでいるか
第5章 飛び抜けた商品を提供できているか
第6章 最後までやり抜いているか
第7章 人の心を動かしているか
第8章 関係者を巻き込んでいるか
第9章 常識にチャレンジしているか
終章 マーケティングとは経営そのものである

やはり「現場」を大切にしているのが、興味深い・・・。

「博報堂ブレイン・ブリッジ・バイオロジー」

もうひとつ、備忘録を。

かねてから、脳科学や認知心理学の研究をしてきた博報堂ですが、専門組織を発足し、本格的に事業化するようです。

博報堂、潜在意識や深層心理をマーケティングに生かす専門チーム
「Hakuhodo B.B. Buyology(博報堂ブレイン・ブリッジ・バイオロジー)」を発足(博報堂ニュースリリース(PDF):2009/8/18)

新聞記事で代表的なものも紹介(Yahoo!ニュースのソース)。

博報堂 20人の新組織 脳科学でマーケティング支援(Fuji Sankei Business i :2009/8/19)

フジサンケイの記事では、脳科学、ニューロばかりが注目されていますが、博報堂のリリースをよく読むと、そればかりではなく、これまで同社で行ってきた様々な手法もあわせて提供するようです。
詳しくは上記のリリースを見ていただければと思いますが、その提供サービスを列挙すると下記のとおりです。

  • EEG(Electro EncephaloGraphy)
  • fMRI(functional Magnetic Resonance Imaging)
  • アイ・トラッキング調査
  • ZMET(Zaltman Metaphor Elicitation Technique)調査
  • レスポンス・レイテンシー調査

ニューロマーケティングや潜在意識を測定、解明するための主な手法が網羅されていると思います。

ちょうど、この前の「ガイアの夜明け」でもやっていたのですが(2009/8/18放送)、インタビューやアンケートで、「この商品を使って、快適に感じますか」というような質問への回答と、実際に脳を測定し「快適なときに反応する部位が反応している」という事実とでは、まったくその意味は異なります。
回答者本人が意識していない潜在的な意識を正確に捉えることができるという点で、これらの装置を使う意味は、とても大きいと思います。

ただ・・・
とくに、EEGやfMRI、アイトラッキングは「測定装置」であり、あくまでも「仮説」に対して、ほんとうによい「結果」が得られるのかということが、明らかになるだけだということは、認識しておく必要があると思います。
つまり、基本的には「仮説検証」のためのツールである、ということです。いま流行の「インサイト」を発見するためのもの、仮説を創造するためのもの、ではないということです。
調査の目的と手法の組み合わせについての理解は、とても重要なことです。このあたりを認識されないと、せっかくの新しい手法も、「使えない」という評価になってしまわないかと、ちょっと心配しています。。。

関連して。
少し前に、脳科学に関する研究報告書を見つけていましたので、あわせて紹介しておきます。
(PDFが直接開きます)

「脳科学の産業応用への推進に資する脳機能計測機器に関する調査事業」~脳科学の産業応用を推進する支援策の策定に向けて~ 調査報告書 
(独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構:H21年3月)

脳科学測定技術のシーズ保有企業側、ユーザー企業側それぞれの視点から、現状の整理と産業応用にむけての課題が整理されています。

このblogでの、関連エントリーもどうぞ。

2007/1/8に紹介している本 『欲望解剖』は、すでに文庫本になっていますので、購入される方は、こちらでどうぞ。

欲望解剖 (幻冬舎文庫) 欲望解剖 (幻冬舎文庫)
価格:¥ 480(税込)
発売日:2009-08

IBM、SPSSを買収

リリースが発表されているのは先月末なので、かめエントリーとなりますが、備忘録もかねて。。。

IBMがSPSSを買収することが決定となったようです(以前から、噂では聞いていたのですが)。

IBMがSPSS Inc.を買収、顧客に予測分析機能を提供 (IBM社リリース:2009/7/31)

IBMはSPSS Inc.の買収に合意「お客様およびパートナー様へのご連絡」 (SPSS社)
同 「SPSS 買収に関する発表について – FAQ」 (SPSS社)

上記2つとも、米国でのリリースの翻訳だろうと思うのですが、直訳調でかなりわかりにくいです。(個人的には、です。この分野の理解がたりないからかもしれません。。。)
英語ができる方は、オリジナルのリリースをご覧になった方がいいのかもしれません。

そこで、解説記事を2つ、ご紹介。

ニュース解説:IBMがSPSSを買収~IBMをBI市場の“勝ち馬”とみたSPSS (ITmedia:2009/7/29)

渡辺聡・情報化社会の航海図~IBMのSPSS買収に業界トレンド継続の流れを読む (CNET Japan:2009/7/30)

いずれの解説でも触れられているのは、ビジネスインテリジェンス(BI)の流れが来ていて、そのためにSPSSのソリューションが必要になった、ということでしょうか。。。

そういえば、なぜかSPSSは、その商品名をPASWと変更しています。商品名の変更は、かなり勇気のいることだと思うので(すでに、SPSSという名前は十分に浸透しているはずですから)、なぜだろうと思っていたのですが、リリースを読んで理由がなんとなくわかりました。
つまり、SPSSのコア技術を「予測分析技術」とみなし、それを訴求するということなのでしょう。

  • PASW=Predictive Analytics Software

なので。

PS.
このblogでの関連エントリー

【Ms.H】『アカウントプランニングが広告を変える』からの気づき

さっそくですが、すでに林さんから寄稿をいただいていますので、ご紹介を。

第1回目の記念すべきテーマは、『アカウントプランニングが広告を変える』を読まれての気づきです。この本については、このblogでも過去に紹介しています(→こちらです)ので、こちらもどうぞ。

アカウント・プランニングが広告を変える―消費者をめぐる嘘と真実 アカウント・プランニングが広告を変える―消費者をめぐる嘘と真実
価格:¥ 2,520(税込)
発売日:2000-06

では、林さんの寄稿を。

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◆市場調査の「テスト」としての使い方◆

ジョン・スティールは、アカウントプランナーでありながら驚くほど市場調査に精通していて、自分の仕事に極めて有効に活用しているが、今のリサーチャーの姿勢に対する痛烈な批判もこの本から読み取れる。

その中で印象的なのは、「テスト」=試験→成績表→合否判定に力を注いでいる、クライアントや市場調査機関への彼の疑問であり、周辺にいるクリエイター達の多くは、この「テスト」という考え方に眉をひそめているということである。
以前、私が某広告代理店で、各種の賞をとっているクリエィターの方とお話した時にも、彼はつぎのように語った。「(自分は、暗い部屋に入れられて退屈な時間を過ごしたくないと思っているのに)グループインタビューの観察に行かされ、生活者が生活感のない座談会室で、自分達が精魂こめて作ったアイディアを評論されるのを観察しても何の役にも立たない。自分達は、生の生活者から気付きにつながる刺激を受けたいのに。」

市場調査における「テスト」は、それぞれのステップで生活者からどのような評価が得られるか、市場で受け入れられる可能性があるのか、問題点は何かを明らかにするために実施される。この結果、市場に出た時のリスクが回避されるという利点がある。
私が知る限り日本でも、そして定量調査だけでなく、定性調査でも「テスト」が多く行われており、各ステップで合格判定が出たものが、市場にお目見えするという構造になっている。
「テスト」というチェックシステムを構築し実践したことで、マーケティング効率は上がっているのではないかと推測できる。

◆「テスト」で未来の大輪の花の芽が剪定されてしまったら・・・・◆

「テスト」の目的は、送り手が自分達の志向や勘だけに頼って、生活者の志向と一致しない商品や広告を市場に送り出すことによる労力やお金の損失を出さないためである。さらには、データを通じ、組織の上の人や、その商品に絡む全ての人達に納得してもらうためでもある。ジョン・スティールもこの「テスト」の必要性を否定していない。(私も、同感)

問題はこの、試験→成績→合否を決める「テスト」調査への偏重により、今後、大輪の花を咲かせる才能を持った確かな蕾が切り取られてしまっているのではないかということにあり、商品構成要素のどれもが平均値以上なのに売れない商品が市場に出る、いいんだけど何か魅力がなくて、記憶に残らないコマーシャルが溢れているという現状の市場と大いに関係があると、私は考える。

◆市場調査は「テスト」のためだけにあるのではない◆

ジョン・スティールが市場調査とそのデータをどう活用しているかということを、本の中から拾って簡単に整理すると以下のようになる。

    1. 生活者の今を入念に調べて、市場を把握して発想のヒントとする(気付くための刺激とする)
    2. クリエィティブへのブリーフの説明材料とする(今、生活者は/今、このカテゴリは、このブランドは)
      →ブリーフィングの際も常に背景データが議論の中心となる
    3. クライアントへの説得材料とする
    4. アイディアが生活者に意図どおりに受け入れられるのか and/or さらに新しい視点がないのかを探す
    5. クリエィティブラフ案の生活者の反応を把握して、コミュニケーションを完成させるための参考にする

一見、今も実施している市場調査に当てはまるように感じる。しかし、その優先される期待感が、優劣を決める「テスト」というチェック機能(評価を得て、成績表を作って、合否を決める)にあるのではない、ということに大きな意味がある。

◆生活者情報から、何を探すのか→何に気付くのか◆

本書の中にポラロイドカメラのユーザーにはフィルムを、ノンユーザーにはフィルムとカメラを送って、対象者が自由に撮った写真を送り返してもらい、その画像を観察した例がある。送られてきた画像の約9割は普通のカメラでも撮れるもので、残りの1割にポラロイドならではの価値が発見できる画像があり、極めて有効な調査であった、と書いている。

私が思ったのは、恐らく生真面目なリサーチャーがこの調査の報告書を作成することになったら、どうするかということである。
きっと、まず対象者を性別、年齢、その他の属性に分けて、人物〇枚、動物〇枚、風景〇枚、その他〇枚と数えることからはじめるだろう。ピントがずれた写真が人物なのか風景なのかを判断することに時間がかかったり、数が合わなくて数え直したりしている間に時は過ぎ、報告書の納付期限が迫り、時間切れを迎える。
1割に意味があるということに到達しないまま終わってしまう。市場を数で判断することを絶対と思っているクライアントに対して普通のカメラでも撮れる9割の画像を結果から外したら、いい加減な調査だとお叱りを受けることも覚悟しなければならない。

1割の画像の意味をポラロイドの特性と繋ぎ合わせて見抜く、Next Stepの方向を探す、アイデアを出す、クリエイティブをサポートするのがプランナーの役割であり、ここで問われるのはアカウントプランナーの能力=人間力以外の何者でもない。

◆リサーチャーが、クライアントの強力なマーケティングサポータ-になるためには◆

ジョン・スティールは、広いアメリカのあちこちに自ら足を運んで、生活者にインタビューをする、CLTの会場に行って観察する、そして、よく考えて、営業、クリエイティブスタッフ、クライアントともよく会話をする。そういえば、私が、よく仕事をいただくプランナー(アカウントプランター、ストラテジックプランナー、いろんな呼び方があるが、違いは分からない)やマーケッターも、現場を重視し、よく動き、よく考えて、ひるむことなく議論をする。

私は、リサーチ側のインタビュアーであるが、有能で活発なプランナーやマーケッター達が生活者の現実をしっかり見ることができ、創造力を発揮できるような市場調査の企画、実施、分析をしようと努力している。
そして、これから育つ定性調査のインタビュアーには、マーケティングに関する知識を身につけ、本当の意味でのクライアントのパートナーになることを強く望んでいる。

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いかがでしたか?
個人的には、まったく同意です。とくに、最近のマーケティング・リサーチが、ここでいう「テスト」に偏っているのではないか?、という見方に同じ問題意識をもっています。
インターネットリサーチの登場により、リサーチが手軽に行なわれるようになったことはよかったのですが、一方で、この傾向に拍車をかけたのではないかとも思っています。

実は、この問題意識は大学院での論文テーマとかなり似たもので、ちょっとびっくり。
さらに、『マーケティング・ジャーナル』の最新号(113号)でも、近い趣旨の記述を見つけ、さらにびっくり。

最近、社内外のマーケターやリサーチャーと話をすると、「エビデンス(evidence:証拠)」という言葉をよく耳にする。話の文脈からエビデンスの意味を察すると、「自らの仮説を通すための証拠の数字を用意すること。オープンデータで数字がなければ独自に調べて用意すること。それでもできなければ近似の意味の数字で代替すること」。どうやら、このような意味でエビデンスという言葉が氾濫しているようだ。
(中略)
マーケターやリサーチャーが従来発想に固執し、生活者を自説検証のための調査対象者としてだったり、受け手として見ているだけでは、企業と生活者の意識の溝は深まるばかり。これからのマーケターやリサーチャーたちには、生活者によって自らの仮説が裏切られることを喜び、そこから再び新しい仮説が生まれることを楽しむような発想の切り替えが求められるにちがいない。
(夏山明美・南部哲浩(2009)「CtoB社会~賢くなった生活者とco-solutionの関係へ~」、『マーケティング・ジャーナル』113号、pp.28-44)

これだけの引用では全体像はよくわからないかもしれないですが、林さんの指摘と同じような内容であると感じませんか? 奇しくも、この論文の著者のお二人は、博報堂の方なのですが(アカウントプランナーではないみたいですが)。。。

このように、ほぼ時を同じくして、三者が似たような問題意識をもったということは、いまのマーケティング・リサーチにとっての、大きな課題であるということが言えそうです。
(そして、このような問題意識が強くなったからこそ、エスノグラフィーが注目されているのではないかとも思っています。)

しかし、ここで留意してほしいことも。
林さんの寄稿にもあるように、何も「テスト」調査が悪いとも、意味がないとも言っているわけではないです。この点は、十分に理解して欲しいと思います。
調査には、いくつかの目的があります。そして、いずれの目的も大切な役割を持っています。この点は、よく理解する必要があると思います。

以下の寺子屋のエントリーでも、リサーチの目的について話をしています。参考にしていただければと思います。

『定性調査がわかる本』林さんとのコラボはじめます!

このblogも、今度(2009年)の10月で開始4年目に入ります。

そこで、blogにも変化を!  ということで、『定性調査がわかる本』(→こちらで紹介しています)の著者の一人である林さんとのコラボを始めてみようと思います。
カテゴリーのひとつとして、林さんからの寄稿を掲載していきます。いまも現役で、定性調査のインタビューアをしていらっしゃる林さんの視点で、マーケティング・リサーチについての気づきを紹介してもらいます。

きっかけは、こんな感じでした。。。

(とある昼下がりの喫茶店にて・・・)

林さん:最近とくに感じるんだけど、調査会社がオリエンを受けての企画ができなくなっていると思わない? この傾向は益々酷くなってきているような気がする。[E:gawk]

owl:そうですよね。それは、感じます。

林さん:それにね、最近の調査って「証拠づくり」のための調査が多いと思わない?

owl:証拠づくり?

林さん:そう、証拠づくり。なんていうか・・・、担当者の意見を通すための調査というのかな。最初に答えありきで、その結果を出すための調査?

owl:仮説検証型の調査、ということですか?

林さん:仮説検証なら、それでもいいのよ。でも、検証でもなくて、会社で企画を通すための調査というか、最初に答えありきで、それを証明するための調査というか、要するに消費者の声は関係ないのね。[E:gawk]

owl:はいはい、「ためにする調査」ですね。結果が自分の思っている通りにでないと、調査がおかしいということになってしまうといいう。。。

林さん:他にも、よくテレビとか新聞とかのコメントで、「それってほんと?」と思うことがあったりするわけ。そんな一面的な解釈でいいの?、と思うような。

owl:わかります。一面的というか、ほんとにデータや起こっていることを、きちんと見ているの?っていいたくなることがありますよね。ひとつのイシューに対し集中豪雨的に触れるかと思えば、ステレオタイプな内容を振りまいて、あっという間に引いてしまうということが、最近目に付きますものね。

林さん:でね、そんなこんながあって、私ももっと情報発信したいなと思ったわけ。定性調査に関する真面目な情報提供の場ができないかなと。とくに企画の部分に関して、今言っておかないと誰もできなくなってしまうという危機感もあるし。テレビや新聞を見たり、本を読んでいても、こんな見方もできるんじゃない?、ということとかも話してみたいし。

owl:ぜひ、やってくださいよ。これまでの林さんの経験や知見をベースに情報発信すれば、きっと有益ですよ。

林さん:でね、寺子屋に居候させてもらえないかしら?[E:bleah]

owl:そういうことですか[E:coldsweats01]

実際は、かなりの時間、お話をさせていただいたのですが、核心部分だけ抽出すると、こんな感じで。こんなやりとりがあって、寺子屋に林さんの原稿を寄稿してもらい、紹介していこうということになりました。
テーマは、もちろんマーケティング・リサーチに関すること。最初にも書いたように、現役のプロジェクトマネージャーとして、そしてインタビューアとして、常に現場にいる林さんの気づきは、きっと皆さんの参考になると思っています。
さらに、一人では気づかなかった点を林さんにご指摘いただくことで、創発的に新たな発想が生まれる、あるいは考えがまとまっていくこともあると思いますし、これこそがコラボレーションによってもたらされる大きな効果だと思います。

これまでの寺子屋同様、ご愛顧いただければ幸いです。
(タイトルで、【Ms.H 】とあるときが、林さん寄稿の回になります。)

PS.
ということで・・・。
人様の力を借りるだけなのもどうかと思いますし、今後は個人的な負荷もだいぶ軽減されることになりそうなので、本来のこのblogの趣旨でもあった「寺子屋」も再開できればと思っています。できるだけ早い内に、再開を目指しますので、こちらもご期待ください。
(久しぶりに会話形式の文を書いていたら、懐かしくなりました・・・)

『星野リゾートの事件簿』

星野リゾートの事件簿 なぜ、お客様はもう一度来てくれたのか? 星野リゾートの事件簿 なぜ、お客様はもう一度来てくれたのか?
価格:¥ 1,575(税込)
発売日:2009-06-18

今回、紹介するのはリサーチとはあまり関係ありません。HRMをテーマとしている本です。
個を信じ、そのパワーを活かした組織運営が個人的に好きなのですが、本書はこの志向にドンピシャ、紹介をしたくなった、ということです。

「軽井沢・ほしのや」
皆さん、この旅館(といっていいのか迷いますが・・・)をご存知ですか?
そのホスピタリティの高さと、リノベーションの成功事例として、よく紹介されています。そして、運営会社の星野リゾートが、ホテルや旅館の再生に際して、どのような組織運営、HRMで取り組むのかについても。

本書には、この星野リゾートが、ホテルや旅館をどのように改革していったのか、とくに社員をどのように育てているのかを中心にした物語が11編収められています。
いずれの事例も、核になる社員が、何を考え、周りをどのように巻き込んでいくのか、その時に社長である星野佳路氏がどのように判断し、行動したのか、について紹介している内容になっています。
社員の育成、とくにサービス業における組織運営や人材育成について考えるときの、参考になればと思います。

たとえば、つぎのような言葉に共感を覚えます。

お客様の要望や期待と直接向き合うのは、社長や経営幹部ではない。あくまで現場のスタッフである。お客様にとっては、自分に対応しているスタッフ一人ひとりの判断こそが、星野リゾートの判断である。スタッフの判断の質が、星野リゾートのパフォーマンスを決めるのである。(P218)

さて、
マーケティングリサーチ業界も、まさにサービス業です。(ただ、後日での検討でも許してもらえることが少なくない点で、宿泊施設や飲食施設などの接客サービスほどの厳しさがありませんが。)
先の引用は、マーケティングリサーチ企業にもあてはまると思います。

最新の『マーケティング・リサーチャー(NO.109)』に、リサーチ業界の「経営業務実態調査&経営動向調査」の報告が添付されているのですが、その中の「当面の経営上の問題点」として、「中堅リサーチャーの不足」が39%と、三番目に高い項目としてあげられています。単純に解釈してしまえば、多くのリサーチ会社が社員の育成に失敗しているということなのかもしれません。
では、どうしたらいいのでしょうか・・・?
このような視点(リサーチ業界における人材問題)で、この本を読むのも、ありだと思います。

このように、本書のテーマは組織運営、HRMなのですが、一方で、星野リゾートは徹底的なリサーチ志向でも有名です。
たとえば、山梨県にあるリゾート施設「リゾナーレ」。ここでの経営を引き継いだ際に、ゼロベースで経営方針を再構築するために、「コンセプトづくり」からスタートします。

星野はコンセプトを固めるために、外部の調査会社を使い、リゾナーレの顧客分析を徹底的に進めた。(p140)

とあります。そして、重要なのは、この調査結果をどのように活用し、どのような議論をし、どのような意思決定をおこなっていくのか、です。本書では、この過程が描かれています。
大切なのは、調査結果そのものよりも、その結果をどう解釈し、納得し、行動に結び付けていくかであることを感じることができると思います。調査結果が絶対なのではありません、それをベースに、「自分たちがどうありたいのか」を考えることが重要だと思います。
このような場面は、本書では多くは描かれていませんが、ところどころに、リサーチのヒントになりそうな記述もありますので、このような視点でも、本書を読むことができると思います。

組織運営や人材育成に迷っている方、読んでみてください。
また、なんとなく元気になりたいとい思っている人にも、いいかもしれません。

(個人的には、ここに紹介されている施設、全部に行ってみたい・・・)

PS.
星野社長は、NHKの番組『プロフェッショナル』での、第1回ゲストでした。
このときの番組内容が本とDVDになっています。興味をもたれた方は、こちらもあわせてどうぞ。
こちらでは、星野社長がいまの運営形態に至る過程が、詳しく描かれています。

プロフェッショナル 仕事の流儀〈1〉リゾート再生請負人・小児心臓外科医・パティシエ プロフェッショナル 仕事の流儀〈1〉リゾート再生請負人・小児心臓外科医・パティシエ
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発売日:2006-04
プロフェッショナル 仕事の流儀 リゾート再生請負人 星野佳路の仕事 ”信じる力”が人を動かす [DVD]
価格:¥ 3,675(税込)
発売日:2006-09-22

CGM分析、口コミ分析、blog分析

以前に、「ブログ分析」というタイトルでアップしています(→こちら。2007/11/7の記事です)が、最近また動きがあるよう&時間が経ったので、今回はこのテーマで。
(ただし今回は、「ブログ」に限定せずに、CGMあるいは口コミ分析とタイトルしました。)

◆ネットレイティングスの新サービス
まずは、ネットレイティングス(nielsen online)の新サービスの紹介。

ネットレイティングスが口コミ分析サービス「BuzzMetrics」開始
(INTERNET Watch:2009/7/30)

ネットレイティングス(nielsen online)のリリースはこちら↓。

ニールセン・オンライン、CGM分析サービス「BuzzMetrics(バズメトリクス)」の提供を開始~インターネット上のクチコミをお客様に役立つ情報としてレポート~
(ネットレイティングス、ニュースリリース:2009/7/30)

サービスページは、こちら↓。

CGM分析サービス「BuzzMetrics」(nielsen online)

ネットレイティングスのサービスは、アナリストの分析によるアドホックレポートが主軸となるようです。さらに、ネットレイティングス独自のデータである、インターネット視聴率調査やインターネット広告統計とあわせた分析が可能となるのが、強みですね。
INTERNET Watchの記事で、いくつかのスライド画面≒分析内容も確認できますので、興味を持った方は、ぜひどうぞ。

◆既存サービス
この分野は、既存のサービスも結構あります。
思いつくままに紹介すると、以下のようなサービスが。

2年前のエントリーの時と比べると、各社ともさまざまな機能を付加していることに気づきます。また、スパムをどう排除するかも大きなテーマです。
この中では、niftyから新機能の最近リリースが発表されています。

ニフティ、クチコミの影響力を測定するブログ分析指標「BPI-Influence」を提供(CNET Japan:2009/7/31)

ブログblog分析、クチコミ分析のこれからについては、ホットリンク社長内山氏のつぎのblogが参考になると思います。

クチコミ分析サービスはどこへ向かう?(内山幸樹のほっとブログ:2009/4/27)

まだ導入期~成長期という認識のようで、これからどこへ向かうかについて、明確な方向性が見えていないというのが結論のようなのですが。。。

◆参考図書
関連して、参考図書を一冊ご紹介。

実践 ブログ・リサーチ―デジタル・アカシックレコードの探索 実践 ブログ・リサーチ―デジタル・アカシックレコードの探索
価格:¥ 1,890(税込)
発売日:2009-04

上記で紹介したサービスは、いずれもレポートまで作成してもらえると思うので、自分でCGMのテキストデータから集計や分析をすることはないと思いますが。。。
しかし、CGMのデータにはどのような特徴があり、実際にどのようなことができるのか、限界や可能性は何か等について、あらかじめ知っておくことは大切なことだと思います。

そこで、この本。
ただし、CGM分析の「入門編」です。すでにCGMデータの分析をバリバリと行なっている人にはお勧めしません、すでにわかっていることが大半でしょうから。
まだCGM分析を行なったことがないけど興味がある、どのようなことができるのか知りたい、という人向きの本と言えます。

もくじの代わりに、「はじめに」から本書の構成について述べている部分を引用しておきます。

第1章 デジタル・アーカシックレコードの探索
本書の総論にあたり、Web2.0の進化のもとでネットにブログが溢れてくる状況をどのように捉えることができるかについて解説します。
第2章 ブログ・データの基本特性とブログ・リサーチの視点
ブログ・データの基本特性を5つの切り口から説明します。
第3章 実践!ブログ・リサーチ
ブログ・リサーチを行なうツールと実践的なリサーチ手法を解説します。
第4章 ブログを科学しよう
ブログ・データの形式を整え、既存のマーケティング・リサーチで使われる手法の適用を試みます。
第5章 ブログの時系列波動に注目してみよう
ブログ・データを時系列「波動」として捉え、どのような現象が見られるかについて解説します。
第6章 ブログ・リサーチの可能性
ブログ・リサーチの限界や可能性についてのまとめを行ないます。

専門書の体裁はきっちりとっています(注の充実など)が、内容は読みやすい内容ですので、気楽に読んでみてください。